十一話
「女王は意外にも気さくな人だったな」
「エドリガムが導く時代、楽しみである……ん? そう言えばゼイア、“嫁探し”は?」
「なんだそんなことか、抜かりはないぞ? 正直、七百人はかたいな」
「ゼイアが直球の嘘を!? ーーそもそも、会場に七百人も女性がいなかったであろう」
「帰るぞ、アスタ! 馬車を呼んで来い!」
ゼイアは頬を膨らませ、アスタに帰り支度の指示を出す。対する彼女は、うすら笑みを浮かべたまま城の馬車駐車場へと向かうのであった……
――その頃、ウィザード城の外れにて。そこでは、二人の男が静かに言葉を交わしていた。
「シェケダン様、予想通りゼイアとエドリガムに接触がありました」
「ちっ、研究も佳境だと言うのに……これが嫌で、汚職まで見逃したんだけどなぁ」
「まさか、アレだけ準備をしておいて、暗殺に失敗するとは思いませんでしたね。何か現場で、異常事態でもあったのでしょうか?」
「結果は結果さ、今日、会場に現れたのは弟ではなく、兄だった。この流れで、今の有利が崩されたら研究どころじゃない。正直、放置はできないね」
「では、どうしますか? シェケダン様」
「データ集め用に、プロトタイプを売った組織がいただろう? アレを使おう」
「なるほど、確かに丁度良いですね」
「最終的な繋がりを作れれば、最初は強引でも何とかなる。適当に圧力を掛け――潰す」
「了解しました。では、そのように舞台を整えます」
「頼むよ。なんせ、この国の行く末が掛かっているんだからね……」
貴族服の怪しい男は足音を立てず、宰相シェケダンの元から離れて行く。すると、シェケダンは辺りを見渡し、一人パーティ会場へ向けて歩き出した……
ーー建国記念日パーティから、日が経った。
朝方の澄み渡る空気に鳥の囀る声が響く、良く手入れされた庭の蕾達は、次々と開き出して満開を目指す。パーティで交友を得たゼイアは、浮つく心を律して業務を滞りなくこなし、書斎には部下達が会長の是非を求め、絶えず訪ねて来ていた。
「ゼイア様、件のプロトタイプですが。ラキヤタ執事長を通じて武器部屋へ納品しました」
「よし、経過報告は続けろ――下っていいぞ、次」
「ゼイア様、農業肥料の劣化原因を突き止めました」
「予想通りだったか?」
「はい。運賃を安く済ませる為、陸路ではなく海路を使った模様です。ただ、杜撰な管理と劣化した船舶の隙間から潮風が入り、肥料に塩分が含まれた物と思われます」
「それを指示した上層部に責任を与える、リストを用意してくれ。その後、情報を従業員に通達、問題の再発を防止しろ。あと、船舶の改修費用も工面するようだな」
部下達へ忙しく指示を与えるゼイア。ただ、それも暫くするとひと段落が着き、休憩の時間がやって来る。
「――茶の時間か? ゼイア」
「時間ピッタリだな、お前の体内時計はどうなっているんだ……」
ゼイアの休憩時間を見計らうかの如く、部屋の扉を開けてアスタが顔を出した。
すると、驚くゼイアの横で、紅茶セットが乗るワゴンを押すラキヤタが語り出す。
「ーーアスタの時間感覚は、大砲の発射音から着弾までの時間で、距離を割り出せる程に精密ですよ」
「はー、私からすれば、摩訶不思議な話だ」
何でも武へ転用出来るアスタに、舌を巻くゼイア。だが、彼女も不思議そうな顔をしていた。
「我輩からすれば、会長が現場へ指示を出す方が不思議である。混乱しないのか?」
「上が現場を知り、責任持って判断を下す。それだけで、組織の足並みは著しく変わるんだ」
「まぁ、ゼイア様は新任ですし、古参重役から信頼を得る意味でも重要です――それに、ゼイア様が顔を出すことで、“良からぬ考え”を持つ者も未然に防げますからねぇ」
「なるほど、信頼を作る為の仕事であるか」
ラキヤタの用意した茶が振る舞われると、気張っていたゼイアの表情が緩む。茶を嗜み、雑談に華を咲かせるこの時間は、毎日忙しい彼にとって大きな楽しみなのだ。
――しかし、その和やかな空気は、いきなり部屋の扉を開けて入り込んで来た女中によって壊された。本来であれば入室前のノックは基本、一流であるゼイア邸の女中がそんなミスをすることはない。つまり、それだけ今の状況が緊急である証拠でもあった。
「大変です、ゼイア様!!」
「どうしたんだ、落ち着いて説明をしてくれ」
「国騎士隊がゼイア様に面会を要求し、屋敷前で隊列を組んでいます。急ぎ対応を!」
「国騎士だと!? わかった、通してくれ」
前触れもなく来訪して来た国騎士隊、当然、ゼイアにその理由が想像出来る筈もなかった。
――それから少し間を置き、緊張が走る書斎内に、扉のノック音が響いた。
ゼイアが入室を許可すると、制服に身を包んだ者達が扉を開け、瞬く間に部屋内で整列する。
「やあやあ、仰々しくてすまないね、ゼイア君」
並んだ兵士達を掻き分け、ゼイアがいつか見た勲章を胸に付ける優男が登場する。
「取り合って頂き感謝する。ウィザード王国第一宰相、シェケダン・ジュン・エルキドゥだ」
「シェケダン宰相!? 何故、アナタがここに!」
「――“国の一大事”だからだよ、ゼイア君」
ゼイアの元に現れたのは宰相シェケダンだった。勿論、ゼイアに面識は無い。
「いやぁ、流石に国内最大手グループの会長だ、屋敷が城みたいだよ。一人で来ると不審者だからさ、国騎士を連れてみたんだけど、逆に騒がしくしてしまった様だね?」
「おかげで、私は身に憶えの無い罪で怯えてしまった」
「“それはどうかな”? ゼイア君は、僕が来た理由に憶えがあるんじゃないかい?」
「何の話だろうか……どうやら、茶菓子をつまみに来ただけではない様だが」
「そういうこと――さぁ、ここからは真剣な話だ、国騎士の皆は席を外してくれ」
指示を受け、兵士達が部屋から退出する。そして、その間にシェケダンは椅子へ座った。
「失礼……さて、先ずは本題から話そうか、ゼイア君」
「そうしてくれ、どうも気分が落ち着かない」
「じゃあ、結論から言おう。ゼイア君は現在、{テロリスト共謀容疑}がかかっている」
「それはまたーー随分と質問が絶えない内容だな」
シェケダンの発言に余裕を持って答えるゼイア。しかし、その心中は察して余りある。
「最近、{ハギラゴン}と呼ばれる武装組織が、我々ウィザード王政府を騒つかせている。当然、国民の混乱を避ける為、存在は伏せられているんだけどね」
「初耳だな、何者だ?」
「数百年以上前、ウィザード王国との戦争で敗北、統合吸収された小国の生き残りさ」
「侵略国家時代にウィザード王国が遺した因縁か」
「でも、困ったことに彼らは、現王政へ独立を認め、王国との分離を要求して来た」
「――では、何故テロリストなんだ?」
「要求を飲まない場合、武力行使の声明を出した。国防を担う僕としては、許せないね」
武装組織ハギラゴン。当然、ゼイアにとっては初めて聞く名前だ。しかし、シェケダン側にその言い分を信じる気は毛頭ないだろう。
「――で、それと私がどう関係ある?」
「つい先日、僕らがハギラゴンを調べていたら、彼らが海路を使って人員を蓄えている事が分かった。それで、港を調べたらキミの傘下に、構成員の密入国を手引きした証拠が出た」
「だから、私がテロリストに加担していると?」
「ハギラゴンは、アドレグループの船と港を使った。勿論、キミが我々を邪険にしたい気持ちは分かる。でも、全ての可能性を疑うのが仕事だからね? 多少は許してくれよ」
「馬鹿高い税金を真っ当に納め、国から知りもしない疑いを掛けられたらそうなる」
ゼイアの表情は依然として変わらないが、言葉選びには怒気を孕む。しかし、シェケダンは常に飄々としており、寧ろそれを待っていた様にも見えた。
「まだ、話があるんだーー実は、ハギラゴンに“支援者”の存在が確認されていてね」
「テロリストに支援者だと?」
「彼ら、潤沢な資金を持っている。でも、それが出来る人物って、あまり居ないよね」
「つまり、私がその支援者だと……」
シェケダンは答える代わりに肩をすくめ、うすら笑みを浮かべる。
「キミ達商人は、王政府を嫌う兆候にある。だから、都合良かったりするでしょ?」
「どうやら、アナタは嫌味を隠さずに言う人物の様だな」
「嫌味は、相手に聞かせなきゃ意味がないからね」
「貴方の使う血税が何処から出ているのか……今一度、考えてみると良い」
「その点は感謝する、ちゃんと僕達も働きで還元する――ただ、商人が時代を台頭するのは、我々と考えが真逆だ。キミ達に政治力は要らないと思うんだ、僕はね?」
ゼイアの眉間にシワが生まれる。シェケダンも、笑顔だが同じシワが眉間にあった。
「釘を刺す為に来たか……シェケダン・ジュン・エルキドゥ」
「我々を引っ掻き回さない方が良い、ゼイア君。金で解決出来ない世界は厳しいぞ?」
「そうか、忠告痛み入る。では、お帰り願おう」
「ああ、もう要は済んだ。次に会う時、キミの姿を牢屋で見ない様、切に願うよ」
空気が凍り付く中、シェケダンは兵士を連れて部屋を後にした。
「――凄いな、あそこまで嫌味ったらしい奴も珍しいぞ、ゼイア」
「シェケダンは商人を毛嫌いしている、特に、力を持つ富豪なら顕著だ……くそっ! 連中の不甲斐無さが、金持ちの台頭を許すんだろうが!」
毒吐くゼイアをアスタが珍しそうに見つめる一方、ラキヤタは心配そうにしていた。
「困ったことになりましたねぇ……シェケダン様がテロリストの疑いを掛けた以上、最悪の場合、アドレグループの利権を奪ってくるかもしれません」
「奴は態々、ゼイアに宣戦布告をして来たのだ、仕掛けて来ると思っていいだろう。商人としての風評を下げ、ゼイアを政治中枢へ立ち入らせない方針であるな」
「何が、商人に都合が良い――だ、都合良く使っているのは、シェケダン本人だぞ」
この件で、アドレグループの貿易は厳しくなり、公益に支障が出るのは確定だろう。ゼイアが、今後の先行きに大きな不安を憶えるのも無理はない。
消沈するゼイアは車椅子を自力で押し進め、うだつの上がらない日々が始まった……




