十三話
――作戦立案から数日が過ぎた、ある日の某所。
辺りには夜の帳が下り、暗闇からは冷たい風が吹く、人々は眠りに着いて外には誰も出歩かない。そんな時間帯のとある一室にて、ゼイアとアスタの姿がそこにあった。
「アスタ、首尾はどうだ?」
「問題無い、完璧である」
仕事着に身を包むアスタが、机に広げられた建物の内部地図を眺める。
「ハギラゴンの拠点は、表向き製鉄所として稼働している。人の出入りや、荷物の運搬が怪しまれない為の措置だな。住宅地から離れているのも大きいだろう」
「――つまり、我輩が暴れても町の住民は気付かない訳だな」
「どう攻めるかはアスタに一任する。ただ、相手は血の気の多い連中だ」
「我輩の単独なら、相手が何をしようと変わらん。ヤツらの頭目を捕まえるだけだ」
「頼もしい限りだな。よし、最後に作戦の再確認をしておこう」
ゼイアは、地図の上に置かれた木製駒を使い、アスタに今作戦の流れを再確認させる。
「アスタは拠点に侵入後、騒ぎを起こしつつハギラゴンのリーダーを捕縛してくれ」
「確か、名前は{ゴマント}だったな」
「そうだ。そして、私が折を見てダイクーンを現場に呼ぶ」
「で――我輩は、ダイクーンに捕縛したゴマントを渡し、消える」
「その後の処理は、全てダイクーンがなんとかするそうだ」
「シェケダンの目は大丈夫なのか?」
「問題ない、今件は全てが“偶然”だからな」
ゼイア達が立てた言い訳は以下の通りだーー
ハギラゴンの内輪揉めが発端となり、アジト内で騒ぎが発生。それにより、民間の通報が国騎士へ届き、付近を夜間パトロール中だったダイクーン隊が現場へ呼ばれる。そして、駆け付けたダイクーンが運良く彼らを発見し、事件を未然に防ぐ、という流れだ。
「シェケダンも、テロリストが勝手に瓦解した手前、いくら怪しくても文句が言えない」
「なるほど……それに文句を言えば、テロリストの擁護で自分が国家反逆罪《悪者》になりかねんからな。気付いたシェケダンは、さぞかし悔しがるであろう。顔が拝めんのが残念だ」
「そこは、ダイクーンの土産話に期待しよう――では、成功を祈るぞ、アスタ」
すると、アスタはゼイアに景気良く拳を見せ、任せろと言わんばかりに堂々《どうどう》と部屋を後にする。ゼイアは、そんな彼女の背を期待して見送るのであった……
――暫くして、ハギラゴンの拠点前。
そこでは、暗闇に身を隠して施設の外観を見張るアスタの姿があった。
(この時間に従業員……いや、隠しているが、武装をしているな。巡回か)
建物の見た目は製鉄所だが、実際はテロリストの拠点として改造が施されている。窓やドアなどの侵入経路は最小限に抑えられ、見張りが必ず目を光らせている。
まともに考えて、侵入しようとする方が無茶である、“常人ならば”。
(ーー先ずは、ゴマントを探さねばな)
アスタは、身を隠していた物陰から飛び出し、敵拠点の敷地内へ平然と侵入する。だが、その際に発する物音は無く、誰も知らぬ間に侵入者が現れたという事実だけが残る。
(む? 巡回が会話をしている……一応、“見て”行くか)
拠点に侵入したアスタは、内部を移動する道中、暇を持て余して会話をする構成員達を見つける。
どうやら、監視窓の付近で僅かな灯りを前に、酒で暖を得ている様だ。
「――そうだ、この間の話。あれ、覚えているか?」
「えーと、支援者の事か?」
「それそれ。結局、アレが誰なのか、まだ分からないらしいぞ」
「マジかよ、逆に怖くねぇか? 知らない誰かから、金や武器の提供を受けるってよ」
「でも、おかげで俺達の戦力は膨れ上がった。独立の夢も、現実を帯びて来たってモンさ」
「っても、支援者が同じ志を持つ仲間なら、同志ゴマントに顔ぐらい見せたら良い」
「うーむ、ハギラゴンの運営を同志ゴマントに任せ過ぎか? 少し、気をつけるべきだな」
構成員達はその後も会話を続けるが、まさか、自分達の頭上の梁にアスタが蜘蛛の如く張り付き、密かに話を読唇術で盗み見ていたとは知らなかっただろう。
(ーーふむ、パトロンはシェケダンの嘘ではなく、実際に存在しているのか。しかし、その正体はリーダー《ゴマント》ですら知らない……いよいよ、きな臭いな)
用が済んだアスタは、指圧でへばり付いていた天井から音も無く降り立ち、軽く握った拳で二人の顎を掠めた。
すると、二人は顎から脳へ衝撃を伝達させ、意識を失ってしまう。その後アスタは、気絶した二人を物陰へ隠し、拠点の奥へと歩みを進める。通りすがりに見つけた構成員は気絶させつつ、頭目ゴマント《リーダー》を探して拠点内を巡っているのだ。
(ん? ここは……)
気になった一室の前で、アスタの歩みが止まる――
部屋の扉を僅かに開き、隙間から室内を覗くと、多人数が一度に入れる広間に、地図など書類が置かれた机、そして、ハギラゴンのシンボルを刺繍した大旗が飾られていた。
(誰かいる……あれが、ゴマントか?)
彼女の目に、書類と睨み合っている人物が見える。軍服の様な衣服と頭へ巻いたバンダナ、胸にはシンボルが刺繍されたワッペンを付けている初老の男性だ。
「おい、貴様がゴマントだな?」
「――何!? 誰だ、お前!!」
部屋内の見知らぬ人物に驚くゴマント。それもその筈、侵入者が堂々と現れたのだから。
「我輩は、貴様を捕らえに来た者だ。覚悟せよ、ゴマント」
「な、国騎士か!? ええい、誰か知らんが単独とは愚かな……死ねぃ!!」
侵入者を前にしたゴマントは、ガンホルダーから拳銃を取り出して即座に発砲する。
銃身から溢れる炎に押され、飛び出た鉛玉がアスタへ直撃する。しかし、ただの弾丸が彼女の仕事服を貫く事は出来ない、弾は動きを止め、重力に従い地面へ落ちた。
「防弾服!? チィッ!」
ゴマントは、打ち切った拳銃をアスタへ投げ付け、背後にあった組織の大旗を壁から引き剥がす。そして、奇怪な構えを取って見せる。
「誰かも分からん相手に、俺のこの技を見せる日が来るとはな」
「ほう、{暴布拳}か、珍しい武術を使う」
「知っているのか!? 何者だ……しかし、知っていた所で見極められるか!」
――ゴマントは大旗を振り回し、素早くアスタへ投げ付ける。
操られた布は瞬く間にアスタへ巻き付き身動きを奪う、そして、ゴマントは短刀を取り出し追撃せんと接近する。
暴布拳とは、大布を自在に操る古武術の一つなのだ。
「防弾服を着込もうと、身動きがとれねば誰とて関係あるまい! これぞ、奥義縛布列伝!」
「技が“甘いな”、ゴマント」
それは、ゴマントが勝利を確信した次の瞬間の事だった――
アスタがその場で素早く横回転すると、忽ち、纏わりついていた大旗の拘束が解かれ、宙に舞った旗の先端が彼女の手中に収まる。
更にアスタは、旗を握った手首を回転させ、捩り鉢巻き状へ変形、すかさず接近するゴマントへ鞭の如くしならせた旗を叩き付ける。
ーー顔面に布の塊を食らったゴマントは怯み、その間にアスタは巻いた旗を元の平たい形へ戻す。そして、今度は凱旋パレードをする歩兵の様に、布を大きく振り回し始めた。
「暴布拳奥義、縛布節固!!」
「――ぼ、暴布拳だと!? 貴様は一体、何者なんだ!?」
アスタは旗を操り、ゴマントの手脚を絡み取る。その布は宛ら蛇の如し、操るアスタは舞を踊るかの様だ。
そして、複雑に絡み合った布はゴマントの関節を固め、瞬く間に自由を奪った。
「ぐあーっ! 誰か知らん奴に、この技を使って私が負けるなんてーっ!?」
「昨今、暴布拳を知る者などおらんからな、初見相手なら貴様でも十分に勝てただろう。しかし、技を知る相手には、ちゃんと捻りが必要な技でもあるのだ」
「く、くそ! だ、誰かーっ! 誰か来い!」
(……さて、ゴマントは捕まえた。後は、暴れてダイクーンを呼び出すだけだーー丁度良い、ゴマントに構成員を集めさせて派手に蹴散らすか)
アスタは叫ぶゴマントをあえて放置し、騒ぎで集まる構成員を待ち構える。
「なっ! 同志ゴマント!?」
駆け付けた構成員が現場を見て驚く――
しかし、彼らは思考を切り替え、すぐに長銃を構えてアスタへの応戦を試みる。
「バカな、銃が効かない!? ぐわぁああ!!」
当然、彼女がその程度の連中に遅れを取る筈も無い、構成員達はすぐに倒され、拠点内は侵入者による阿鼻叫喚となっていく。
(これだけ騒げば、ゼイアもダイクーンに通報を出しているだろう)
目的を達成した今、アスタが現場に居る必要は無い、今すぐ脱出するべきだろう。
「うわぁああっ! な、なんで{コイツ}が!?」
――しかし、事はそんな時に起きた。
“アスタが原因では無い”構成員の叫び声、不穏を感じた彼女は即座に身構える。
「ヴァアアアアアア!!」
「咆哮? ちっ、獣でも放ったか!」
「ま、まさかっ! 誰か“アレ”を解き放ったのか!?」
ゴマントが咆哮の正体に気付き、狼狽える。
そして数秒後、断末魔と共に構成員の死体が部屋へ投げ入れられ、その後を追う様に頭からボロ切れを纏い、荒縄で身体を縛った歪な骨格の巨躯が現れた。
「なんだ……コイツは……」
「ちくしょう! お前が暴れるから、誰かが解き放ったんだ!」
「説明しろ、ゴマント! コイツは一体、何だ!?」
「くっ! 送って来た武器商人は、{キメラ兵士}とだけ……」
「ーーキメラ兵士」
聞いた事も無い名前、アスタは、こめかみに小さな汗粒を垂らす。ゴマントがキメラ兵士と呼ぶソレは、明らかに様子がおかしく、人間とも呼べるか微妙な存在だ。
そして、戦いは突然始まった――
キメラ兵士は叫び、アスタ目掛けて飛び掛かって来たのだ。対するアスタは、咄嗟に腕を盾として身を守る。だが、相手は構わずにその上から殴り付けて来る。
「ぐうっ!? こ、この膂力は!」
防御越しにキメラ兵士から殴られたアスタは、身体を数十センチほど浮き上がらせて足を引き摺る。鍛えた技術と類稀なる恵体を持つ女傑、それが身構えたにも関わらず、相手は片腕だけで動かしたのだ。
「久しく忘れていた衝撃だ……戦車から鉄球をぶつけられた時を思い出す」
――しかし、次にキメラ兵士が取った行動は、アスタを無視してゴマントへ向かって走り出す事だった。
「コイツ、まさか!!」
勿論、アスタはキメラ兵士の狙いを理解し、素早く動き出す。
彼女は鋭角な蹴り技を放ち、先程の仕返しとばかりに相手を吹き飛ばす。
「おい、ゴマント――コイツはハギラゴンの構成員か?」
「そ、それを聞いてどうする!?」
「我輩は、無駄な死体を出すつもりは無い。しかし、コイツは危険だ、目的も口封じと来た」
「えっ、口封じ?」
「コイツが言葉を理解しているのか分からんが、貴様を排除しようとした。つまり、コイツを兵器として売った奴は、最初からハギラゴンの“自滅”を想定しているのだろう」
「なんだと!?」
「力に目が眩んだな、ゴマント。コイツはとんだ不良品である、貴様らの言う支援者とやらは、初めから関係者全員の共倒れを狙っておるのだ」
「馬鹿な……我々は、道化だっただと?」
「バァアアアアア!!」
「ちっ、もうお目覚めか。常人なら、即死してもおかしくない蹴りだぞ」
アスタの蹴りを食らって、なお立ち上がるキメラ兵士。最早、人外として扱って良い。
ーーすると、キメラ兵士は自らの頭に被さったボロ切れを剥いで姿を顕にする。
それは、人間とは思えぬ体毛や筋肉、牙や膨れ上がる血管を剥き出す怪物の姿であった。
「人の面影……“元々”は人間であったか」
キメラ兵士はアスタへ直進し、間合いに入った途端に腕を振り回し始める。戦闘技術は皆無の様だが、とにかく凄まじい膂力と付随する身体能力が危険な生物だ。
対するアスタは、非凡な反射神経でキメラ兵士の攻撃を次々と避ける。
「貴様はただの馬鹿力、我輩は技巧を使える……人類には培った技術があるのだ」
アスタの両脚は、その巨体からは想像も付かない軽快なステップを踏んでいる。身体を立体的に動かし、紙一重の回避を繰り返しているのだ。
「耐久も、力も、確かに人外。されど、体力は予想より低い様であるな?」
――刹那、回避ばかりしていたアスタが攻勢へ出る。
威力は程々《ほどほど》、しかし素早い殴打の連続、それが、疲れて鈍るキメラ兵士の顔や腹部を叩く。その猛攻には、流石のキメラ兵士とは言え、鈍い音を奏でつつ後退を始める。
そして、蓄積したダメージで大きく怯んだ隙を、アスタは見逃さなかった。
「お主を変えた者には、必ず我輩が制裁を加えてやる。だからもう……眠れ」
アスタはその場で飛び上がり、キメラ兵士の頭上を取りつつ相手の顔面を両手で押さえる。そして、空中で身体を捻り、キメラ兵士の首を回転させてへし折った。
「仕方がないとは言え、あまり気持ちのいいものではないな」
「あ、あのキメラ兵士を素手で倒したとは……」
「――ん? な、何だと!?」
敵を仕留めた筈のアスタが驚く、何故なら、首を折ったキメラ兵士が立っていたからだ。
「ぐ、ぐがが……」
「ど、どれ程の改造を受ければ、こんなデタラメな生命力を!」
ゴマントとアスタは、死なないキメラ兵士を前に血の気が引き始める。
――すると突如、扉を蹴破って見覚えのある大男が部屋に入って来る。
そして、その男は有無を言わせず、手に持った大口径の長銃を構えて引き金を引いた。銃は火を噴き、飛び出した鉛玉はキメラ兵士の眉間に命中、頭蓋を粉砕して殺害した。
「大丈夫か、アスタ!」
「ダイクーン!? そうか、だいぶ時間が経っていたのか」
「取り敢えず、お前は逃げろ! ゴマントと他の構成員は俺達で確保する!」
「すまん、後は頼んだぞ!」
駆け付けたダイクーンは後のことを引き受け、作戦通りにアスタを脱出させるつもりの様だ。それにはアスタも同意し、すぐに拠点内からの脱出を図ることにした……
――それから暫くして、夜の街を走るとある馬車の中では、急いで帰還するアスタとゼイアの姿があった。
「では、悶着はあったが、作戦は成功したと言う事か?」
「である」
「それは良かった……しかし、キメラ兵士とはな……」
「何か心当たりがあるのか? ゼイア」
「“キメラ”、と言う言葉には憶えがある。私が産まれる前の事件だが、“同名の怪物”がウィザード内に現れた。山羊と獅子の頭を持ち、尾が蛇で、翼の生えた巨大な化け物だったと言う」
「なんだ、そのゴチャ混ぜになった生物は……」
「未知の外来生物だと言われているが、倒された屍骸は燃やされ、結局謎に包まれた」
「人知を超えた出自が不明の生物とは、穏やかではないな」
「その事も含め、事後処理が終わったダイクーンから話を聞こう。この件は根が深い」
「うむ。心配だが、一先ずは帰るとするか」
アスタとゼイアは一抹の不安を覚える。そして、夜の暗闇に差し込む月明かりの下、颯爽と馬車を走らせて帰路へ着くのであった……




