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第40話 明日、私は隠れません

大舞踏会の前夜。


月夜の晩餐会の温室には、私がこれまで出会った人たちが集まっていた。


マリアベル様、アイリス様、カミラ様、ビアンカ様。


レオン様、ユリウス様、セドリック様。


そして、クラウス殿下。


食卓には豪華な料理ではなく、最初の夜と同じ、温かなスープと焼きたてのパンを並べた。


「明日の証言について、最後に確認いたします」


アイリス様が月夜の記録帳を開いた。


公開してよいページ。


名前を伏せるページ。


自分で読み上げる者と、アイリス様へ代読を頼む者。


一つずつ、本人の意思を確かめた。


歌で本音を引き出し、勢いのまま告白させることはしない。


明日語られるのは、時間をかけて選ばれた言葉だけだ。


打ち合わせを終えると、皆様は私を一人にしようと席を立った。


「待ってください」


私は、温室の中央で呼び止めた。


心臓が早鐘のように鳴っている。


「皆様に、聞いていただきたいものがあります」


クラウス殿下が振り返る。


誰も期待に満ちた顔はしなかった。


歌えなくてもよいと、逃げ道を残したまま待ってくれている。


私は目を閉じた。


誰かを救うためではない。


私の価値を証明するためでも、声が戻ったと示すためでもない。


ただ、幼い頃から歌うことが好きだった私のために。


息を吸い、最初の音を探した。


喉の奥が強張る。


掠れた音が、頼りなくこぼれた。


以前のような、温室のガラスを震わせる声ではない。


途中で音程が揺れ、息が足りなくなる。


それでも、私は止めなかった。


上手でなくてもよい。


世界で一番でなくてもよい。


この身体で息を吸い、この喉から生まれた、私の声だ。


二つ目の音は、最初よりも少し長く続いた。


三つ目は、月の光へ届いた。


歌っているうちに、胸の奥で固まっていた恐れが、ゆっくりと息へ変わっていく。


歌い終えた時、温室は静まり返っていた。


誰もすぐには拍手をしない。


私の呼吸が整うまで、待ってくれていた。


やがてマリアベル様が泣きながら手を叩き、皆様の拍手が重なった。


クラウス殿下は何も言わず、私へ手を差し出した。


私は自分の足でそこまで歩き、その手を取った。


「おかえり、リリアン」


「はい。ただいま戻りました」


戻ったのは、世界一美しい歌声ではない。


歌えなくても残っていた私が、自分の声を迎えに行ったのだ。


私は温室に集まった皆様を見渡し、はっきりと告げた。


「明日、私は隠れません。歌うだけではなく、私たちの言葉を聞いてもらいます」

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