第36話 痩せて見せないドレス
大舞踏会まで一週間を切った今になって、仕立屋から届いた断りの理由は明白だった。
『ラザフォード侯爵家との今後のお取引を考えますと、これ以上、月夜派の装いに関わることはできません』
正直すぎる手紙を読み、私は深く息を吐いた。
今から新しい店へ頼んでも、通常なら間に合わない。
手持ちのドレスで出席することはできる。けれど、どれも私の身体を少しでも細く見せるため、暗い色と硬い布で固めたものばかりだった。
隠れないと決めた日に、隠れるための服を着る。
そう思うと、胸の内に小さな悔しさが残った。
「ようやく、私が大損をした甲斐を見せる時が来たようですね」
翌朝、セドリック様が連れてきたのは、四十歳ほどの女性だった。
短く切った赤茶色の髪に、首から何本もの巻尺を下げている。
「仕立職人のミレーユと申します。舞台衣装ばかり作っておりますので、お貴族様の流行には疎いのですが」
ミレーユは挨拶もそこそこに、私の周囲を一周した。
腰、肩、胸元へ視線を走らせる。
私は反射的に腹部の前で手を組みかけ、止めた。
「痩せて見えるように、というご注文でしたらお断りします」
きっぱりと言われ、私は目を瞬いた。
「なぜですか?」
「七日しかないからです。それに、あなた様の身体は七日で別の身体にはなりません。ならば、今そこにある線を最も美しく見せる方が早く、嘘がない」
ミレーユは布見本を私の肩へ次々と当てた。
黒でも、濃紺でもない。
選ばれたのは、月光をすくったような淡い銀青色の絹だった。
胸元は無理に押さえつけず、柔らかな曲線に沿って布を重ねる。
腰には細く見せるための線ではなく、歩くたびに光が流れるよう、銀糸で月桂樹の刺繍を入れる。
腕を隠す長い袖ではなく、丸い肩から透ける薄布を落とす。
「隠すためではなく、咲くためのドレスにいたしましょう」
ミレーユの言葉に、鏡の中の私は驚いた顔をしていた。
私はこれまで、服とは身体の欠点を隠すものだと思っていた。
けれど彼女の手の中で、布は私を謝らせるためではなく、私がそこにいることを喜ぶためのものに変わっていく。
採寸が終わると、セドリック様は笑みを消し、一冊の薄い帳簿を差し出した。
「もう一つ、お渡ししたいものがあります」
それは、彼が以前取引していた香料商の支払い控えだった。
ヴィクトリア派との契約を切る際、未払いを確認するために帳簿を洗い直したところ、見慣れない仲介商へ多額の金が流れているのを見つけたという。
「仲介商の名義人を辿ると、ラザフォード侯爵家の家令に行き着きました。品目は白花香料。ですが、仕入れ先は王国で売買を禁じられている魔香業者です」
「沈黙香……」
「おそらく。原本は王室監査官へ預け、これは正式な写しを取ったものです」
歌声の安全性だけを証明しても、私が受けた攻撃までは裁けない。
けれど今、見えなかった悪意に、金の流れという形が与えられた。
「ありがとうございます、セドリック様」
「礼を言われる資格はありませんよ。私は一度、あなた方の傷を金に換えた男です」
セドリック様は自嘲するように笑った。
「だから今度は、金が隠した傷を暴きます」
三日後。
仮縫いを終えた月光色のドレスを身に纏い、私は鏡の前に立った。
そこにいたのは、細く見える令嬢ではない。
豊かな身体を持ち、柔らかな頬を上げ、月の光を纏って立つ私だった。
「……きれい」
誰かに言われるより先に、その言葉が自分の口からこぼれた。




