第35話 騎士団長様に、隠れない歩き方を教わります
大舞踏会まで、あと七日。
王宮へ向かうと決めた私に、レオン様は意外なことを言った。
「歩け」
「……はい?」
「温室の端から、こちらまで。いつも通りに歩いてみろ」
早朝の温室には椅子もテーブルもなく、真っ直ぐな道だけが空けられていた。
レオン様はその先で腕を組み、戦場で兵士を検分するような厳しい目をしている。
戸惑いながら歩くと、すぐに低い声が飛んだ。
「肩を丸めるな。腹を隠そうとして腕を前に置くな。足元ばかり見るな」
言われて初めて、自分がどれほど身体を小さく見せようとしていたかに気づいた。
人とすれ違うたび、邪魔にならないように身を縮める。
視線を浴びるたび、腕や扇で身体を隠す。
長い年月をかけて身についた癖だった。
「大舞踏会では、何百人もの人間が君を見る。好意だけではない。嘲りも、疑いも、恐れもあるだろう」
「……分かっています」
「視線は刃に似ている。避けようと背を向ければ、どこから来るか分からなくなる」
レオン様は私の正面に立ち、顎を少し上げるように指で示した。
「見るべき相手を決めろ。自分の足でそこまで進め。君は、その場にいる権利を誰かへ譲る必要はない」
それから私は、何度も温室の端から端まで歩いた。
最初は、どこへ手を置けばよいか分からなかった。
胸を張れば、身体の豊かな線が余計に目立つ気がして怖かった。
けれどレオン様は、痩せて見える角度も、体型を隠す仕草も教えなかった。
足の裏で床を捉えること。
呼吸を止めないこと。
顔を上げ、進む先を見ること。
教えられたのは、それだけだった。
「殿下が手を差し出してくださるなら、そこまで運んでいただけばよいのでは?」
何度目かの休憩で、私は冗談めかして尋ねた。
レオン様は、呆れたように眉を上げた。
「殿下の手は、君を運ぶためのものではない。自分で歩いてきた君が、取りたい時に取るためのものだ」
胸の奥に、その言葉がまっすぐ落ちた。
守られることと、自分で立つことは、反対ではない。
誰かの手を取るために、自分を明け渡す必要もないのだ。
夕方。
私は自室の大きな鏡の前に立った。
柔らかな頬。
豊かな胸元と腰の曲線。
細くはない腕。
以前なら、真っ先に目を逸らしていた。
今日は逃げずに、自分の全身を見つめた。
好きだと言い切るには、まだ少し時間がかかる。
それでも、見苦しいから隠さなければならない身体ではないと、初めて思えた。
その時、部屋の外から慌ただしい足音が響いた。
「リリアン様、大変です!」
侍女が青ざめた顔で駆け込んでくる。
「大舞踏会のドレスを頼んでいた仕立屋が、たった今、注文を断ってまいりました」




