第30話 魔性の歌姫として、正式に告発されました
ユリウス様が天響の声の正体を突き止めた、翌朝。
王宮から、銀の封蝋が押された召喚状が届いた。
差出人は王宮魔術審理院。
そこには、私の歌声が他者の判断を歪める危険な精神魔術であるとの告発を受理し、調査が終わるまで公の場での歌唱を禁ずる、と記されていた。
告発者の名は書かれていない。
けれど、誰の手によるものかは考えるまでもなかった。
「逃げる必要はない」
召喚状を握る私の前で、クラウス殿下は低く言った。
「だが、私が審理に口を出せば、歌で操られているから庇うのだと言われる。今回は、君の隣には立てても、君に代わって答えることはできない」
「はい。私が答えます」
怖くないと言えば、嘘になる。
魔性と認められれば、私は声を封じられる。月夜の晩餐会も、殿下の後援も、すべてが私の魔法によって作られた偽物にされてしまう。
それでも、誰かの言葉の陰に隠れたままではいられなかった。
その日の午後。
王宮の審理室には、灰色の法衣を着た審理官たちと、王宮魔導院の重鎮が並んでいた。
傍聴席の中央に座っているのは、濃紺のドレスを纏ったヴィクトリア夫人だった。
「まあ。ご自分からおいでになる勇気はおありなのね」
扇の向こうで、夫人が美しく微笑む。
「私はただ、王国のために心配しているだけですの。王弟殿下も、騎士団長も、宮廷魔導師も、一人の令嬢の歌を聞いた後から、あまりにも不自然に態度を変えましたでしょう?」
「不自然かどうかを決めるのは、あなたではない」
ユリウス様が、私の隣で分厚い記録の束を机に置いた。
「歌唱前後の魔力波長、聞き手の精神反応、命令術式の有無。すべて測定済みだ。彼女の歌に、意思を上書きする働きはない」
「その測定をなさったあなたご自身が、すでに惑わされているのではなくて?」
ヴィクトリア夫人の言葉に、傍聴席から低いざわめきが起きる。
どれほど証拠を示しても、証明する者まで操られていると言われれば、終わりがない。
人の恐れは、理屈より先に走る。
私は膝の上で握っていた手をほどき、立ち上がった。
「でしたら、私自身をお調べください」
審理室の視線が、一斉に私へ集まる。
「魔力も、歌った後の記録も、必要なものはすべてお見せします。ただし、私を人ではなく、声を入れた箱のように扱うことはお断りいたします」
「被告発者が、条件をつけるおつもり?」
「いいえ。確認しているのです」
私はヴィクトリア夫人を真っ直ぐに見た。
「この審理は、私が誰かを操ったかを調べるためのものです。私の身体が、皆様の好みに合うかを裁く場ではございません」
審理官の一人が咳払いをし、ヴィクトリア夫人へ向けかけた視線を記録紙へ戻した。
やがて審理長は、ユリウス様の提出資料を正式に受理し、十二日後の王宮大舞踏会で公開確認を行ったうえで、最終判断を出すと告げた。
それまで、私は大勢の前で歌うことができない。
けれど、月夜の晩餐会そのものを閉じる命令は下されなかった。
審理室を出る時、ヴィクトリア夫人が私の横を通り過ぎた。
「声を失えば、あなたに何が残るのかしら」
耳元に落とされた囁きに、喉の奥が冷たくなる。
その夜。
フォンドール家へ戻った私を待っていたのは、差出人のない大きな白い花束だった。
花の間には、クラウス殿下の紋章を真似たカードが差し込まれていた。
『大舞踏会で、君の歌を待っている』
美しい白い花から、甘く、息苦しいほどの香りが漂っていた。




