第22話 おかわりを笑う人々
ヴィクトリア・ラザフォード侯爵夫人が主催する茶会。
美しく咲き誇る薔薇園の真ん中で、私は自分が完全に「見世物」として配置されていることを、肌で感じ取っていた。
円形に並べられた真っ白なテーブルの、最も中心に近い席。
それが、私に与えられた場所だった。
周囲を取り囲むように座る数十人の令嬢たちは、誰もが息を呑むほどに細く、透き通るように白い肌をしている。彼女たちは微動だにせず、テーブルの上に並べられた芸術品のようなお菓子には一切手をつけない。
ただ、扇の陰から、ひそひそと私に視線を送ってくるだけだった。
「さあ、皆様。本日は特別な茶菓子をご用意いたしましたのよ」
ヴィクトリア夫人の艶やかな声が響くと、数人のメイドが銀色のワゴンを押して現れた。
他の令嬢たちの前には、小さな皿に乗った、親指の先ほどしかない可愛らしい砂糖菓子が一つずつ配られていく。
しかし、私の前にだけは、違った。
ゴトリ、と重い音を立てて私の目の前に置かれたのは、両手で抱えきれないほど巨大な、クリームとチョコレートで過剰に飾られた丸いケーキだった。
周囲から、くすくすという押し殺したような笑い声が漏れた。
「まあ、なんて大きなケーキ」
「リリアン様のために、特別に作らせたそうですわ」
「ええ、だってあの方は、私たちとは『器』が違いますものね」
聞こえよがしに囁かれる声。
私は膝の上でドレスの布地をぎゅっと握りしめた。
ここは茶会などではない。私という異物を中央に据え、自分たちの細さと節制を際立たせるための、残酷な見世物小屋だ。
私の体型を嘲笑し、私が恥をかいて泣き崩れるのを、彼女たちは今か今かと待ち構えている。
「リリアン様」
向かいの席に座っていた、ヴィクトリア夫人の取り巻きの一人である伯爵令嬢が、意地悪な笑みを浮かべて口を開いた。
「遠慮なさらず、どうぞ召し上がってくださいな。フォンドール家では、いつもそのような立派なお食事をなさっているのでしょう? 私たちはとても手が出ませんけれど、リリアン様ならペロリと平らげてしまわれるわよね」
「ええ、そうですわ。足りなければ、厨房にもう一つ焼かせるように申し付けますわよ」
別の令嬢が、扇の陰で肩を揺らしながら言葉を継いだ。
「もちろん、おかわりなさるでしょう?」
その言葉が引き金となり、薔薇園を囲む令嬢たちから、一斉に嘲笑が上がった。
上品さを装いながらも、その奥には明確な悪意と優越感がねっとりと絡みついている。
――おかわりなさるでしょう?
豚のように貪り食う姿を見せてみろ、という明確な侮辱。
私は静かに息を吸い込み、目の前に置かれた暴力的なまでに巨大なケーキを見つめた。
怒るべきなのだろうか。
席を立ち、こんな悪趣味な茶会などお断りだと、声を荒げるべきなのだろうか。
けれど、私は幼い頃から、ずっと自分の価値を低く見積もって生きてきた。
「太った小鳥」と親族から笑われた時も、エドガー様から公開で婚約破棄を突きつけられた時も。自分が怒ったところで、誰も味方などしてくれないし、かえって「見苦しい」と嘲笑が大きくなるだけだと知っていた。
だから、私はいつものように、笑ってやり過ごすことにした。
「……お気遣い、ありがとうございます」
私はゆっくりと顔を上げ、周囲の嘲笑を全て飲み込むように、穏やかな微笑みを浮かべた。
「とても美味しそうなケーキですが、あいにくと、本日はもう十分にお腹が満たされておりますの。ヴィクトリア夫人の素晴らしい薔薇園を拝見できただけで、胸がいっぱいでございますから」
私が怒りもせず、泣き出しもせず、ただ静かに微笑んで受け流したことで、令嬢たちの間に一瞬、拍子抜けしたような空気が流れた。
これでいい。
私が笑いものになり、彼女たちの自尊心を満たしてやり過ごせば、この場は波風を立てずに終わる。
王弟殿下の後援を受けている私がここで激怒して暴れれば、それこそヴィクトリア夫人の思う壺だ。『やはりあの令嬢は秩序を乱す存在だ』と、晩餐会そのものを攻撃する口実を与えてしまう。
私は自分の心に鍵をかけ、ただ時間が過ぎるのだけを待とうとした。
「あら、ご遠慮なさらないで。あなたのようにふくよかな方が、無理をして細い私たちの真似をする必要はありませんのよ?」
しかし、取り巻きの令嬢は追撃の手を緩めなかった。
私が反撃してこない安全な存在だと分かると、彼女たちの言葉はさらに鋭く、残酷になっていく。
「エドガー様も、さぞかしお困りだったでしょうね。いくら着飾っても、その見苦しい……」
ガタンッ!!
不意に、優雅な茶会の空気を切り裂くような、乱暴な音が響いた。
全員の視線が、音のした方角へ集まる。
そこには、硬い金属製の椅子を勢いよく後ろに蹴り飛ばし、立ち上がった一人の令嬢の姿があった。
マリアベル・クライン様。
彼女は、あの『食べることを恥じない茶会』で、私の前で温かいスープを飲んで泣いてくれた令嬢だ。
クライン男爵夫人に無理な絶食を強いられ、少し前まで自力で歩くことすらおぼつかなかったはずの彼女が、今は両の足でしっかりと大地を踏み締め、立ち上がっている。
「マリアベル……? あなた、急に立ち上がってどうしたの」
取り巻きの令嬢が、怪訝そうに眉をひそめる。
マリアベル様の身体は、小刻みに震えていた。社交界の頂点に君臨するヴィクトリア夫人と、その派閥の令嬢たち全員を敵に回す恐怖に、その細い肩が小刻みに揺れている。
しかし、彼女は逃げなかった。
固く握りしめた拳は白くなり、その瞳には、かつての虚ろな光は微塵もなかった。
そこにあるのは、大切な人を侮辱されたことに対する、純粋で激しい怒りだ。
「マリアベル様、いけません……!」
私が止めようと手を伸ばすよりも早く。
マリアベル様は、震える唇を必死に開き、静まり返った薔薇園に響き渡る声で、はっきりと叫んだ。
「リリアン様を笑わないで」




