第21話 細く、白く、静かな令嬢たち
ラザフォード侯爵家の誇る薔薇園は、王都でも指折りの美しさを誇っていた。
赤、白、黄色。手入れの行き届いた数え切れないほどの薔薇が咲き誇り、むせ返るような甘い香りが初夏の風に乗って漂っている。
しかし、その華やかで生命力に溢れた薔薇たちとは対照的に、茶会に集められた令嬢たちの姿は、ひどく異様だった。
会場に用意された真っ白なテーブルの周りには、数十人の令嬢たちが腰を下ろしていた。
彼女たちは皆、今にも折れてしまいそうなほど極端に細いウエストをコルセットで締め上げられ、太陽の光を一度も浴びたことがないような青白い肌をしている。
そして何より、恐ろしいほどに「静か」だった。
通常、これだけの若い令嬢が集まれば、ドレスの流行や最近の観劇の話など、さざめくような笑い声が絶えないはずだ。
だが、彼女たちは手にした扇で口元を隠し、焦点の定まらない目で虚空を見つめ、時折、隣の令嬢と囁くような声で二言三言言葉を交わすだけだった。
大きく笑うことも、感情を表に出すこともない。まるで、美しく着飾らされた精巧な陶器の人形たちが並べられているかのようだった。
私は案内された末席の椅子に腰を下ろし、目の前のテーブルを見つめた。
そこには、三段のティースタンドに乗せられた色鮮やかなマカロン、たっぷりとクリームの乗ったスコーン、そして果実のタルトなど、王都の一流職人が腕を振るったであろう見事な茶菓子が並べられていた。
しかし、誰一人として、そのお菓子に手を伸ばそうとはしない。
メイドが注いで回る温かい紅茶すら、ほんの少し唇を濡らすだけで、決して飲み込もうとはしていなかった。
たくさん食べてはいけない。
大口を開けて笑ってはいけない。
感情を表に出してはいけない。
ここは、その過酷な決まりが極限まで煮詰められた、社交界の『美の基準』の最前線なのだ。
「皆様、本日はよくお集まりくださいました」
不意に、澄んだ、けれど冷たい金属のような声が響き渡った。
会場の空気が、さらに一層張り詰める。
色鮮やかな薔薇のアーチをくぐって現れたのは、この茶会の主催者であるヴィクトリア・ラザフォード侯爵夫人だった。
三十代半ばを過ぎているはずの彼女だが、その容姿は恐ろしいほどに若々しく、一切の無駄な肉のない完璧な体型を維持している。濃紺のドレスを纏ったその姿は、まさに社交界の女王と呼ぶにふさわしい威厳に満ちていた。
「素晴らしいわね。今日の皆様は、ひどく美しくていらっしゃる」
ヴィクトリア夫人は、青白くやつれきった令嬢たちをぐるりと見渡し、満足げに微笑んだ。
「その透き通るような白い肌。儚げな細い腕。そして、決してはしたなく騒がない静粛さ。……日々の徹底した節制の賜物ですね。皆様のその素晴らしい努力こそが、我がルミナリア王国の社交界の誇りです」
その称賛の言葉を受けて、令嬢たちの何人かが「もったいないお言葉ですわ」と、ひきつったような笑みを浮かべた。
彼女たちの目には、安堵よりも、女王の機嫌を損ねてはならないという恐怖の方が色濃く映っていた。
私は、膝の上でドレスの布地をきつく握りしめた。
マリアベル様も、かつてはこの狂った価値観の中で、必死に自分を削り続けていたのだ。
限界まで食事を抜き、生きる気力を失いかけている姿を「素晴らしい努力」「理想の令嬢」と絶賛する。
これが、この社交界の正体。
誰かに選ばれるために、自分自身を殺し続けることを強要する、終わりのない呪いだ。
月夜の晩餐会で、温かいスープを飲んで泣き笑いしていた令嬢たちの姿を思い出す。
あの温室の食卓と、この薔薇園の茶会。一体どちらが異常なのだろうか。
私が微かに顔を上げたその時、ヴィクトリア夫人の冷ややかな視線が、正確に私を捉えた。
末席に座る、この場にはあまりにも不釣り合いな、ふくよかな体型をした私を。
夫人は扇をゆっくりと口元に当て、会場の全員に響き渡るような声で、静かに言い放った。
「淑女たるもの、常に己を律し、周囲との調和を何よりも重んじなければなりません。たとえどれほど優れた声を持っていようと、奇を衒い、目立つような真似をするのは三流の証」
それは、名指しこそしないものの、私と私の『月夜の晩餐会』に対する明確な否定だった。
令嬢たちの視線が、恐る恐る私の方へと集まる。
ヴィクトリア夫人は、冷たい微笑みを浮かべたまま、私に向かって決定的な牽制の言葉を放った。
「理想の令嬢とは、場を乱さない者です」




