第20話 社交界の女王から招待状が届きました
セドリック様が商会を挙げて支援してくれた孤児たちの晩餐会は、温かいスープの香りと子供たちの無邪気な笑い声に満ちた、素晴らしいものになった。
王弟殿下の紋章、最強の騎士団長、天才魔導師、そして王都屈指の商会長。これだけ強力な後ろ盾が揃えば、月夜の晩餐会を公然と妨害しようとする者など、もうどこにもいないように思えた。
だが、嵐の前の静けさは、長くは続かなかった。
「……お嬢様。ラザフォード侯爵家からの、急使です」
数日後の昼下がり。
青ざめた顔のメイドが、銀のトレイに乗せて持ってきたのは、一枚の分厚い封筒だった。
最高級の羊皮紙に、ラザフォード侯爵家の紋章が深紅の蝋で厳重に封をされている。手にしただけで、そこから発せられる圧倒的な権威の重さが伝わってくるようだった。
「ヴィクトリア夫人から……」
ペーパーナイフで封を切り、中から取り出したのは、美しいカリグラフィーで書かれたお茶会への招待状だった。
『親愛なるリリアン・フォンドールへ。
あなたの主催する晩餐会が、近頃の社交界で大変な評判を呼んでいると聞き及びました。つきましては、私の主催する茶会へ、あなたを主賓としてお招きしたく存じます。我が家の薔薇園で、優雅なひとときをご一緒しましょう』
表向きは、社交界の重鎮からの名誉あるお誘い。
だが、その裏に隠された意図は誰の目にも明らかだった。
これは、完全なる『公開処刑』の招待状だ。
ヴィクトリア・ラザフォード侯爵夫人は、社交界の女王として君臨し、令嬢教育の権威でもある。彼女が定める「細く、白く、静かに」という規範から外れた者を、彼女は決して許さない。
私を主賓として招き、大勢の取り巻きたちの前で私の体型と振る舞いを嘲笑し、完膚なきまでに叩き潰す。それが彼女の狙いに違いなかった。
「……行くな、リリアン」
客間の扉が開き、厳しい顔をしたクラウス殿下が足を踏み入れた。
どうやら、侯爵家の使いがフォンドール家に入ったという報告を受け、急ぎ駆けつけてくださったらしい。
「それは茶会などではない。ただの魔女の裁判だ。君を衆人環視の中で辱め、王宮や騎士団が君を庇うのは間違いだと、社交界全体に知らしめるための罠だ」
「……はい。分かっています」
「ならば、欠席の返事を書け。侯爵夫人ごときが私に盾突くことはできん。私の名を使って、体調不良でも何でも理由をつけて断ればいい」
クラウス殿下の言葉は、私を心から守ろうとしてくれている温かさに満ちていた。
彼が用意してくれた安全な温室に引きこもっていれば、私は誰からも笑われることなく、心穏やかに過ごすことができるだろう。
けれど。
「……いいえ、殿下。私は、行きます」
「なぜだ! 君がわざわざ傷つく必要などどこにもないんだぞ!」
「殿下が私を気遣ってくださることは、本当に嬉しく思います。でも、私がここで逃げれば、ヴィクトリア夫人は『やはりあんな醜い令嬢は、王弟殿下の陰に隠れていなければ何もできないのだ』と、さらに非難を強めるでしょう」
私は膝の上で固く拳を握りしめた。
「彼女は、私を貶めることで、私の晩餐会に救いを求めてやってきた令嬢たちをも否定しようとしています。私が逃げれば、彼女たちまで『逃げ隠れしなければならない存在』になってしまう」
自分のためなら、どんな侮辱からでも逃げ出せた。
だが、私を信じて月夜の記録帳に本音を書いてくれた、マリアベル様やアイリス様たちの居場所を、私の逃亡で汚すわけにはいかなかった。
「……君は、本当に不器用で、ひどく頑固だ」
クラウス殿下は深い溜め息をつき、やがて諦めたように小さく笑った。
「分かった。君の覚悟を尊重しよう。だが、君を一人で戦地へ送り出すような真似はしない。……何かあれば、私が必ず踏み込む」
「ありがとうございます、殿下」
私は深く頭を下げ、テーブルの上に置かれた招待状に再び目を落とした。
優雅な言葉で飾られた手紙の最後には、ヴィクトリア夫人の真意を示す、氷のように冷たい一文が添えられていた。
『あなたのような令嬢が目立つと、秩序が乱れます』




