第15話 騎士団長様が、私のために評判を捨てました
私の歌い終えた慰労晩餐会の会場は、静かで温かい涙に包まれていた。
死を美しく飾るためではなく、亡き人々の泥臭くも愛おしい生きた証を、心に刻み込むための鎮魂歌。
ふと、会場の隅に目を向けると、そこには信じられない光景があった。
屈強な騎士団長であるレオン・ガルディア様が、壁に背を預けたまま、腕で顔を覆っていたのだ。
彼の分厚い肩が、微かに震えている。
『生き残った自分に泣く資格はない』
そう自分を戒め、戦場で散っていった部下たちの重圧を一人で背負い込み、決して涙を見せなかった彼が、初めて泣いていた。
彼の中に澱のように溜まっていた凍りつくような罪悪感が、私の歌と共に、少しずつ溶けて流れ出していくのが分かった。
それから数日後。
月夜の晩餐会を終えた温室の後片付けをしていると、レオン様が一人で訪ねてきた。
「先日の慰労晩餐会は、ご苦労だった」
レオン様はいつもの低い声でそう言うと、私の前に歩み寄り、深く頭を下げた。
「あの夜、俺はようやく部下たちの死を……あいつらが確かに生きていたことを、受け入れることができた。君のおかげだ。感謝する」
「……お顔の色が、以前より少しだけ良くなられましたね。安心いたしました」
私が微笑むと、彼は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
しかし、すぐにまた真剣な、どこか張り詰めた表情に戻る。
「だが、問題が起きた。あの夜のやり方を『騎士の死を軟弱な茶会の真似事で穢した』と、騎士団内の保守派が激しく反発している。彼らは君の『月夜の晩餐会』そのものを、王宮の秩序を乱す存在として敵視し始めた」
私は小さく息を呑んだ。
保守派といえば、貴族社会の中でも発言力の強い層だ。彼らが敵に回るということは、またしても晩餐会の参加者たちに危険が及ぶかもしれないということ。
「レオン様……。騎士団長であるあなたが、保守派の意向に逆らって私と関われば、あなたご自身の評判や立場が危うくなります。殿下の護衛とはいえ、これ以上は……」
私がそう言いかけた時だった。
ガチャン、と重い金属の擦れる音が響いた。
レオン様が、私の目の前で、片膝を冷たい石畳に突いたのだ。
「レオン様!?」
「俺は、俺の部下たちの誇りを守ってくれた君の食卓を、今度は俺が守ると決めた」
彼は深く頭を垂れ、騎士が主君にのみ捧げる最大の敬意をもって、力強く宣言した。
「傷を舐め合うだけの場所だと、君を愚弄した俺の無知を許してほしい。君の持つ強さは、俺が戦場で見てきたどんな剣よりも尊いものだ。……騎士団長としての名誉も評判も、もとより戦場に捨ててきた身。これからは、俺が君の護衛として、いかなる刃からも君を守る」
王国の頂点に立つ騎士団長が、一介の伯爵令嬢に膝をつき、忠誠を誓う。
社交界の常識からすれば、あり得ない光景だった。
けれど、見上げた彼の瞳には、一切の迷いがなかった。
彼は本気で、保守派の反発を全て引き受け、自らの身を盾にして私と令嬢たちの居場所を守る覚悟を決めてくれたのだ。
「……レオン様」
私は震える手で、彼の大きな手を取り、そっと立たせた。
「不器用で、愛想のない騎士ですが……どうか、私の剣となってくださいますか」
「ああ。必ず」
彼は短く、けれど岩のように固い誓いの言葉を返してくれた。
王弟殿下の紋章という『盾』に加え、最強の騎士団長という『剣』。私を笑っていた社交界は、この事実を知ればどう思うだろうか。
*
その頃。
ラザフォード侯爵家の豪奢な執務室では、エドガー様が顔を真っ赤にして報告書を握り潰していた。
「馬鹿な……っ。王弟殿下だけでなく、あの冷酷無比なレオン・ガルディアまでが、あの女の後ろ盾になっただと!?」
エドガー様は、ガシャンとインク壺を床に叩きつけた。
「あんな、豚のように太った無価値な女だぞ! 私が捨てた女だぞ! なぜ、あの女が騎士団長に……ッ!」
彼のギリギリと歯噛みする音が、誰もいない執務室に虚しく響いていた。




