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第14話 戦没者の名を、慰めものにはしません

私がクライン男爵家へ怒鳴り込んだ、数日後。

あの直後、マリアベル様はその場で意識を失った。駆けつけた医師が、すぐに食事と休養を取らせなければ命に関わると診断し、本人も我が家での療養を望んだ。クライン男爵夫人は、医師の診断書と娘の意思を前に、ようやく一時療養の同意書へ署名したのだ。

今、マリアベル様はフォンドール家で、医師の指示を受けながら少しずつ食事を取っている。

フォンドール家の温室に、再び重々しい足音が響いた。


「少し、時間を取らせてもいいか」


騎士団長レオン様は、以前扉が壊れた時に見せた凄まじい威圧感は少し潜め、けれど酷く疲れたような、重苦しい表情で私の前に立った。

彼が私の晩餐会について「傷を舐め合う場所」と冷ややかに評していたことを、私は忘れていない。


「ええ、構いませんわ。温かいお茶をお持ちしますね」

「いや、いい」


彼は立ち尽くしたまま、忌々しそうに眉間を揉んだ。


「……王弟殿下のご提案で、近日中に騎士団の慰労晩餐会が開かれることになった。先の国境紛争で戦死した者たちへの慰霊も兼ねてな」

「それは、素晴らしいことではありませんか」

「問題は、殿下がその晩餐会の料理と進行を、君の『月夜の晩餐会』に一任すると言い出したことだ」


私は驚いて目を見開いた。

月夜の晩餐会は、あくまで令嬢たちを中心とした小さな集まりだ。それを、国家の重鎮や血気盛んな騎士たちが集う公的な場に持ち込むなど、クラウス殿下もずいぶんと無茶を仰る。


「光栄なことですが、レオン様は反対なのですね」

「当然だ」


レオン様は鋭く私を睨みつけ、吐き捨てるように言った。


「戦没者の慰霊に、歌など不要だ。死者を慰めに使うな。残された者たちが美辞麗句で飾られた歌を聴き、涙を流して『感動的な式典だった』と自己満足に浸るための道具に、彼らの死を利用されてたまるか」


その言葉には、張り裂けそうなほどの悲痛な怒りが込められていた。


彼は極限の戦場で、多くの部下を失ってきたのだ。

自分だけが生き残ってしまったという重い罪悪感。死んでいった者たちへの、申し訳なさ。

彼にとって、豪華な食事と美しい音楽で死を悼むふりをする王宮の慰霊祭は、死者への冒涜にしか思えないのだろう。


「……レオン様は、ご自身の部下を誇りに思っていらっしゃるのですね」

「何が言いたい」

「私も、レオン様と同じ気持ちだということです」


私はレオン様の鋭い視線を正面から受け止め、はっきりと告げた。


「私も、死を美しく飾るための歌を歌うつもりは一切ありません。……涙を流して忘れるためではなく、彼らが確かに生きていたという事実を、ここにいる者たちの心に刻み込む。そんな晩餐会にするお約束をいたします」


私の言葉に、レオン様は少しだけ驚いたように目を見開いた。

しかし、すぐにまた眉をひそめ、「勝手にしろ」とだけ言い残して背を向けてしまった。


迎えた、騎士団の慰労晩餐会の夜。

会場に用意されたのは、華美な装飾も、着飾った貴族たちもいない、質実剛健な長机と温かいシチュー、そしてたっぷりの黒パンだけだった。


集まったのは、戦死した騎士や兵士の遺族たち、そして生き残った若き騎士たち。

誰もが重苦しい沈黙を保ち、俯いたまま食事に手をつけられずにいた。

愛する家族を、仲間を失った悲しみを、どう表現していいのか分からない。そんな行き場のない感情が、会場に重く立ち込めていた。


私は、会場の中央に用意された小さな壇上に上がった。


「皆様。今夜は、王宮の華やかな音楽はありません。慰めの言葉も、用意しておりません」


声を広間へ届ける拡声の魔導具を通した私の声に、遺族や騎士たちが一斉に顔を上げた。


「その代わりに、皆様にお願いがございます。……どうか、皆様の隣にいたはずの大切な方の名前を、その方が好きだった食べ物を、どんな声で笑う人だったのかを、教えてはいただけませんか」


会場が、一瞬の静寂に包まれる。

やがて、会場の隅に座っていた若い騎士が、震える声でぽつりと呟いた。


「……アル、です。アルフレッド。俺の同期で……酒は弱いくせに、甘い菓子が好きで……」


その言葉を皮切りに、ぽつり、ぽつりと、あちこちから声が上がり始めた。


「うちの主人は、よく通る大きな声で笑う人でした……」

「隊長は、いつも一番最後に飯を食う、馬鹿みたいに不器用な人でした」


それは、死者を美しく飾るための言葉ではない。

彼らが確かにそこで生きて、誰かを愛し、誰かに愛されていたという、泥臭くて生々しい記憶の証明。


遺族も、騎士たちも、互いに声を掛け合いながら、故人の名を呼び、涙をこぼした。

レオン様は会場の隅で腕を組み、唇を噛み締めながらその光景をじっと見つめていた。


誰もが、悲しみを押し殺す必要はないのだと気づき始めた頃。

私は静かに目を閉じ、胸の前で両手を組んだ。


私の歌は、誰かを慰めたい、救いたいと願った時に真価を発揮する。

今夜、私が歌うべきは、悲しみを忘れさせるための魔法ではない。彼らが流すその尊い涙を肯定し、明日を生きるための力に変えるための祈りだ。


私は静かに息を吸い込み、その夜、名を呼ばれた兵士たちのために鎮魂歌を歌った。

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