第11話 痩せなければ愛されない令嬢たち
フォンドール伯爵家の温室の入り口に、氷の王弟殿下を示す白銀の紋章が掲げられてから数日が経った。
その効果は、まさに絶大だった。
ラザフォード侯爵家からの陰湿な嫌がらせや、商会への圧力はピタリと止んだ。王家を敵に回してまで、一介の伯爵令嬢を虐め抜こうとするほど、ヴィクトリア夫人も愚かではないということだろう。
そして脅威が去った今、私の元には、毎日処理しきれないほどの手紙が届くようになっていた。
すべて「月夜の晩餐会」への参加を希望する手紙だ。
「お嬢様、本日の郵便物です。昨日よりもまた束が分厚くなっておりますよ」
侍女がため息混じりに、銀のトレイに山積みになった封筒をテーブルに置いた。
私は手袋を外し、ペーパーナイフで一つ一つ封を切っていく。
手紙の束は、大きく二つの種類に分けられた。
一つは、最高級の羊皮紙に流麗な文字で書かれた、高位貴族からの手紙。
『王弟殿下が後援なさる素晴らしいお茶会に、ぜひ我が娘も』といった、明らかな権力への媚びと野心が透けて見えるものだ。
そしてもう一つは、飾り気のない便箋に、どこか震えるような筆跡で書かれた手紙。
『私は、いつも食事を残しては母に叱られています』
『コルセットの紐を締めるたびに、息ができなくて泣いてしまいます』
『本当は、もっとたくさん食べたいのに、誰も許してくれません』
社交界の『細くあらねばならない』という絶対的な基準に縛られ、自分を責め、ひそかに限界を迎えている令嬢たちからの、悲痛な叫びだった。
本来、社交界の茶会において招待客を選ぶ絶対の基準は『身分』だ。公爵家、侯爵家の令嬢から優先して招き、家の格を示すのが常識とされている。
「お嬢様、お席には限りがございます。やはり、上位の貴族の方から順にお返事を書くべきでしょうか」
「……いいえ」
私は、金箔の押された分厚い手紙の束を迷わず脇に除け、震える文字で書かれた便箋の束を手元に引き寄せた。
「身分は関係ありません。この晩餐会は、権力を持つ方々の交流の場ではなく、安心できる席を必要としている方々のためのものですから」
痛みを抱え、自分の身体を憎むように教え込まれてきた彼女たちこそが、あの温室を必要としている。
私は、文字の端々から滲み出る自己否定の強さを頼りに、最も早く休息を必要としている令嬢たちを選び出し、丁寧な招待状を書き送った。
数日後の夜。
温室の柔らかなランプの灯りの下に、新たに招かれた四人の令嬢たちが集まっていた。
彼女たちは皆、一様に細く、青白い顔をしていた。
豪奢なドレスを着てはいるものの、その下に隠された身体がどれほど無理な節制を強いられているか、一目見れば分かってしまう。
彼女たちは、温室の中に漂う温かいスープと焼きたてのパンの香りに微かに鼻をひくつかせながらも、「食べてはいけない」という呪いに縛られ、怯えたように身を縮ませていた。
「ようこそ、月夜の晩餐会へ」
私は微笑みながら、彼女たちをそれぞれの席へと案内した。
視線を気にする方には植物の影になる席を。緊張しやすい方には、すぐ横に壁がある端の席を。
そして、全員が席についたのを見届けた後。
私は温室の中央に置いた、小さな木製の書見台のカバーを静かに外した。
そこには、マリアベル様が初めて弱音を吐き出してくれた、あの革表紙の手帳が置かれていた。
「皆様。この手帳は、『月夜の記録帳』と名付けました」
私の言葉に、令嬢たちが不思議そうに顔を上げる。
「皆様は今まで、心無い言葉をぶつけられ、ご自身の身体を否定されてきたことでしょう。たくさん食べてはいけない、大口を開けて笑ってはいけない。……そうして押し殺してきた痛みや、本当は言いたかった本音を、どうかこの帳面に書き残してください」
私は記録帳のページをそっと撫でた。
「ここに書かれた言葉は、ご本人の同意がない限り、決して誰の目にも触れさせません。私が責任を持って管理します。……どうか、ご自分を縛る呪いを、ここでだけは手放してください」
私の言葉に、一人の令嬢がハッとして口元を覆い、ポロポロと涙を流し始めた。
それをきっかけにするように、他の令嬢たちも次々と堰を切ったように泣き崩れた。
痩せなければ愛されない。細くなければ価値がない。そんな残酷な基準の中で、彼女たちはどれほど孤独に耐えてきたのだろう。
私は、泣きじゃくる彼女たちの前に、ゆっくりと温かい料理を運んでいった。
今日は、胃腸に優しい鶏のブイヨンで炊き上げたリゾットと、蜂蜜をかけた温かい林檎のコンポートだ。
「ここでは、誰も自分を削らなくていい場所にします」




