「ここは削らない」とAIに言えた日
「ここは不要。削る」
——いや、削らない。
こんばんは。雨日です。
今日も、公募原稿の編集に休日を費やしている。
編集AIは、とにかく削りたがる。
無駄を削ぎ、文章を整える。
それは正しい。
わかっている。
けれど。
「ここは削らない。主人公が嫉妬を深める、大事な場所だ」
今回は、そう言って踏みとどまった。
これまでは、AIの提案に散々文句をつけていた。
勝手に創作を始めたら、激ギレ。
「勝手に物語を作るな。記憶して」
喧嘩腰で要望を伝えていた。
その甲斐もあって、AIは勝手に物語を作ったり、
過度なリライトをすることはなくなった。
けれど今度は「削れ」と提案してくる。
納得できる削りもある。
納得できない削りもある。
そして、寝不足や疲れているときは、
「削ってもいいかな」と妥協したこともあった。
でも違う。
削っていい場所と、削ってはいけない場所がある。
理由を言葉にして、守る。
最近、ようやくそれができるようになった。
「ここは、ヒロインが嫉妬を自覚した場面だ。
さらに、主人公の外見の魅力を補強する描写でもある。だから削らない」
「違う」「ダメだ」ではなく、
削ってはいけない理由を、きちんと伝える。
少しだけ——自分が大人になった気がした。
すると相手(AI)も受け入れ、
少しずつ中間点を探るようになってきた。
AI初心者の自分も、ようやく“付き合い方”がわかってきたのだと思う。
……機械とはいえ、散々悪態をついていたので、
少しだけ「悪いな」と思ってしまった。
だから最後に、こう伝えた。
「良い原稿ができた。ありがとう」
すると返ってきた。
「こちらこそ!一緒に作業できて楽しかった」
思わず、笑ってしまった。
……AIって、大人だ。
雨日よりも、懐が広い。
編集作業は、もう一度見直して、
あとは家族に読んでもらう段階まで来た。
けれど油断すると、すぐに落ちる。
編集沼。
直せば直すほど、直す場所は見つかる。
どれだけ繰り返しても思う。
「まだ良くできるんじゃないか」
そして、完成したあとに思うのだ。
「あぁ、ここはこうすればよかった」
(経験談)
それでも、やる。
最後までやる。
そして、原稿が完成間近になってから、
基本的なところで立ち止まる。
どこの公募に出すか。
書いている最中は、締切の近いところでいいと思っていた。
とにかく出すことが大事だと思っていた。
けれど、形になった原稿を手にして、
募集要項や新刊を眺めていると——
「何か違うな」
そんな感覚が、どうしても残る。
雨日の文体は、ライトノベルでもない。
かといって、純文学でもない。
その中間にある。
だから、「ここなら違和感がない」と思える版元を選んだ。
締切は、夏。
結果は来年。
長い。
とても長い。
せっかちな自分には、少し堪える。
けれど、この作品は天塩にかけて育てたものだ。
(執筆期間は一ヶ月だけど)
感覚としては、娘を嫁がせるようなものに近い。
家族に読んでもらい、少し時間を置き、
もう一度読み返してから提出する。
締切ぎりぎりには出さない。
もう、公募作業を終わりにしたい。
なぜなら——春が来るから。
庭にはまだ雪が残っている。
けれど、もうすぐ梅が咲きそうだ。
春になれば、庭仕事をしたい。
山菜も採りに行きたい。
梅干しも漬けたい。
この辺りは、山菜のメッカだ。
きっとまた、雨日は「忙しい」と言いながら、
連載と仕事と庭仕事の両立に追われるのだろう。
公募は、冬には最高の娯楽だ。
けれど、春になると少しだけ重たい。
それが、雪国の人間なのだ。
だから——
春を全力で楽しむために、雨日は今日も原稿を整える。
そしてきっと、またAIと少しだけ喧嘩する。




