第52話 渇望
重い身体を引き摺りながら一蓮の元へ辿り着いた蓮は、彼女がまだ息をしている事に希望を見出した。
一蓮を抱きかかえると互いの身体を突き抜ける剣がぶつかり合い、歩く度に激痛が走った。
それでも蓮は歩みを止めず、進行する兵達とは逆方向に進んだ。
冷静さを欠いているニ猫達の感情に引っ張られる兵達はその熱気から蓮達に気付かない。
そんな兵達の中、オドオドしている者が蓮に駆け寄って来た。
その姿に気付いた気弱な者達が集まり、一蓮と蓮に肩を貸して歩き始めた。
「兵糧の荷台をここに」
息も絶え絶えな蓮の指示を聞き、一人の兵が駆け出した。
到着した荷馬車に乗り込んだ一蓮と蓮を戦場から逃す為に兵士は馬を走らせた。
青白い顔の一蓮を横にして、蓮は意識が飛びそうになるのを必死に耐えた。
「……どうする…つもり……かな?」
「何とかしてみます」
弱々しい声の一蓮から返事はない。
彼女は諦めているのだろうが、蓮は最後まで希望を捨てなかった。
――剣が邪魔で回復しない。造血だけで何とか…。ほら、主人が死にそうになっているぞ。早く開けよッ!
蓮は特殊な体質であり、傷を負ってもすぐに回復する上に造血機能も異様に発達している。
しかし、問題があった。
傷付けばすぐに回復が始まる為、体内に異物が残っていてもお構いなしに傷を閉じてしまうのだ。
今、蓮の腹に突き刺さった剣を巻き込みながら回復している為、良くなっては傷付けてという悪循環を繰り返している事になる。
その度に痛みが生じ、まさに地獄の様な時を過ごしていた。
常に造血を続けている蓮は辛うじて意識を保っているが、刻一刻と一蓮の意識は薄れていく。
蓮は一蓮の手を握りながら心の中で必死に叫び続けた。
――頼む!開けッ!
冷や汗なのか、涙なのか分からない何かが頬を伝い、手の甲で弾けた時、誰かに優しく包まれたような気がした。
そして、差し込む日差しによって無理矢理に瞼を開かされているような感覚を覚えた。
呼応する様に"乙女解放"を発動し、更に集中して一蓮を凝視すると、頭上に180という数字が浮かび上がった。
それは179、178と数を小さくしていく。
直感的にその数字の意味を理解した蓮は一蓮の手を握っていた左手を離し、自身の右手と合わせた。
指と指を絡め、祈るように額にくっつける。
"凰花の眼"が開いた。
その能力の名は"天理"。
対象者が天に召される瞬間、即ち死亡するまでの時間を表示ものである。
蓮は"紅爛鳳凰眼"、"天理"、譲り受けた"愛の欠片"、それらを一つに纏める為に祈り続けた。
――寄越せ!
その声は心の中に響いた。
――力を寄越せッ!
蓮は初めて自らの意思で力を欲した。
敵を薙ぎ払う力、即ち凰花流合気柔術と鞭刀『玉簾』は偶然手に入れた。
椿に対抗する力、即ち鳳凰眼は運命付けられていた。
しかし、今回は違う。
蓮が初めて自分自身と向き合った時、両手が輝きを放ち、暖かな光が蓮の額を通して深紅の両眼に移った。
椿と戦い、初めて鳳凰眼を開眼した時は躊躇いながらだった。
初めて鳳凰眼の能力を使用した時は無意識だった。
今回は自信を持って、自分の意思で"紅爛鳳凰眼"を発動させたのだ。
「一蓮さん!」
か細い息をする一蓮の頭を抱え叫ぶが、反応は薄く、瞼が開く気配はない。
「時間がないんだ、一蓮さん。目を開けて下さい!」
眉がピクッと動いたが、瞼は開かない。
「一蓮さんッ!」
息を荒げ、唇を紫に染めた蓮は一蓮の肩を揺さぶりながら名前を叫び続けた。
「僕の眼を見ろ、一蓮!」
薄れゆく意識の中で一蓮の瞳は確かに蓮の真っ紅で異質な眼を捉えた。
古より悪の感情は破壊をもたらし、善の感情は創造をもたらすとされている。
未来を支配する"紅爛鳳凰眼"は壊す事しか出来ない筈だった。
しかし、凰花 蓮の特殊さは古からの法則を凌駕し、"紅爛鳳凰眼"に創造の能力を付与する結果となった。




