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第50話 忘れてはいけない記憶を手に

                  ◇


 蓮が一諾との騒動を収めている頃、椿は鏡華達の説得に奔走していた。



 鏡華に江軍を攻めさせる訳にはいかない為、以前と同様に九条 幾斗に同盟の話を持ち掛ける事にした。

 しかし、椿の思惑は外れる事となる。

 文を送ったが返答は来ず、使者を派遣しても良い返事は得られなかった。

 椿自身が直接出向いたが、町にも入れない徹底ぶりだった。



 九条 幾斗を頼らずに他軍と戦わない方法を模索したが、何も良い案が浮かばず、鏡華達に直談判する事にした椿は可能な限りで説得を試みた。



「…江軍との戦を避けたい」


「あら、そんな事。わざわざ畏まって言う程の事ではないわね」


 拍子抜けな椿に対して鏡華は愉快そうに目を細めた。



「貴方がコソコソと動いているから色々と調べたけれど、天の住人が動いているわ。これから伊軍と江軍が一戦を交えそうだから、静観といきましょう」


「…それで良いのか?」


「これは漁夫の利ではないわ。最後に貴方の親戚が居る江軍と戦いたいじゃない。私達の元まで這い上がって来て欲しいものね」


 今すぐの戦は回避出来たが、結局いずれは江軍と戦う事になる。

 それすらも無くす為にはどうすれば良いのか、椿はまた頭を悩ませる事になってしまった。



「そろそろ、話したら?何かあるのでしょう?」


 鏡華の優しい声は椿の硬く凝り固まった心に浸透した。



――頼って良いのか?

  現状を話してしまって良いのか?

  彼女達は混乱しないか?



「凰花 椿!その内に秘める物がどれ程に恐ろしい物かは私には分からない。だが、私達はそんな簡単に絶望しないぞ!今すぐ、この場で語りなさいッ!」


 様々な疑問を抱き、身動きが取れなくなっている椿は鏡華の一喝により思い出した。

 以前の世界で鏡華が仲間だと言ってくれた事を。



「…落ち着いて聞いて欲しい」


 全てを話し終えた椿の心は驚く程に軽くなっていた。

 鏡華は要所要所で頷いていたが、他の者達はどうだっただろうか。

 椿はただ鏡華に聞いて欲しくて必死に訴えた。



「…そう。よく頑張ったわね」


 目尻が熱くなり、込み上げてくる物を抑えきれなくなった瞳からは涙が溢れ落ちた。

 決壊したダムのように止まる事のない涙は拭っても拭っても椿の頬を濡らした。



「空璃、海璃、明峰、全軍に戦の準備をさせておきなさい。瑠捺、椿が落ち着いたら部隊を率いて出立しなさい。貴女達の隊を斥候にするわ。手は出さず、見たありのままを報告なさい」


 玉座の間に響く返事が鳴り止む頃に椿の涙は漸く堰き止められた。

 鏡華の手招きにより、椿は玉座まで歩んだ。



「貴方も記憶が曖昧でしょう。あの子と戦う前に全てを思い出しておきなさい。何故、貴方が江軍の兵を大量に殺す事になったのか。この町には答えがあるのでしょう?」


 鏡華に頭を小突かれた椿は玉座の間を飛び出した。

 陽の光に晒され椿姫になってしまった事も気にせずに城下町を走る。

 いつも気さくに話しかけてくる町人はただならぬ椿姫ツバキヒメの様相に気付き、道を開けた。



 ピタリと足が止まる。

 そこは町並みが途切れる所であり、いつもここで警邏を終える。

 ここから先は森に続いており、蓮を待ち伏せした場所である。



 人通りのない道に建てられた一軒の店。

 知っている筈なのに今まで気付かなかった。

 椿姫はゆっくりと歩みを進めて、一軒の建物の前に立った。



「…ここは……」


 ズキっと頭が痛む。

 震える手で引き戸を引いたが、扉は歪んでいて力を入れなければ開かなかった。

 男の姿に戻った事も気にせずに建物の中を見回すと錆びれた武器が立て掛けられたり、吊るされたりしていた。

 そして、大きな机には設計図が置かれていた。

 埃まみれの設計図を手で拭い、内容を確認する。



「これはッ!?」


 そこには椿の武器である瑞竜と篝水仙の詳細が描かれていた。

 更に強い頭痛が椿を襲った。



「俺の武器だ。俺の武器を作った人の家…?」


 フラフラとした足取りで建物を出た椿姫は来た道を戻った。

 向かった先はこれまでに散っていった兵士が埋葬される墓。

 少し離れた所に小さな墓石があり、目を凝らすと『豹麟』と書かれていた。

 ビクッと身体が跳ね、頭の中にこれまでの記憶が現れては消えていく。

 酷い頭痛に耐えながらも、しっかりと記憶を繋ぎ合わせた。



「俺は何で忘れていたんだ。あんなにも大切にしていたのに…」


 座ったままで地面に肘と額をつけて、椿姫は謝罪した。



「豹鱗さんは俺の武器を作ってくれた。俺はあの人の武器しか使った事がない!豹麟さんは、あいつに…。白湯サユに殺された!俺は救えなかった!」


 椿姫は叫びながら、連なった墓碑を一つ一つ確認し、それを見つけた。



「…發さん」


 思い出と後悔、悲しみ、そして憎しみが一方的に椿姫を襲った。



「何で、何で二人を忘れていた。誰だ!俺の記憶を消したのは誰だッ!」


 椿姫の叫びは虚空へと消えていく。

 人目を憚らず、泣き叫ぶ椿姫は後ろから近づく気配に気付かなかった。

 紫色の髪の女性は一筋の涙を流し、音も無く踵を返した。



 暫く豹麟の墓石の前で土下座の姿勢を取っていた椿姫だったが、頭を上げて涙を拭った。

 そして、天を睨みつける。



「早くこの世界を終わらせる。白湯サユは居ない。なら、誰が敵なの?」


 以前の黒幕は白――白湯サユという男だった。

 白湯サユは椿姫の放った『絶輪』と梦幻鳳凰眼により絶命し、亡骸は鏡華達によって葬られた。

 では、今回はどうだ。

 謎の鳳凰眼を持つ者と凰花 蓮の出現。

 そして、接触できない九条 幾斗。

 


 椿姫は鏡華の元へ急いだ。

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