第39話 離別
戦は江軍の勝利で幕を閉じた。
宇軍は壊滅。
宇軍大将は命を落とした、という事にして真相は隠蔽されたが宇軍の将達から言及される事は無かった。
そして、凰花 蓮は江軍を去った。
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その場にいた者も宇軍大将の身に何が起こったのか分からなかった。
それは当事者である蓮も同じで、無意識のうちに発動した紅爛鳳凰眼がどのような影響を与えたのか分からずにいた。
「僕が…。僕が殺した」
蓮の声は震えていた。
本来の紅爛鳳凰眼の能力からは程遠いが、中途半端な能力を得た蓮の紅爛鳳凰眼は宇軍大将を絶望的な状況へ陥れた。
肩を震わす蓮に対して、一蓮はどうしたいのか尋ねた。
今の宇軍大将を放置したところで、一蓮達の前に立ち塞がる事は二度とないだろう。
ましてやただ生きる事さえも不可能だと言える。
吐き気に襲われながらも思考を巡らせ、蓮は三つの選択肢を絞り出した。
一つは、江軍で保護して貰うように一蓮に懇願する。
一つは、このまま放置する。
一つは、誰かに引き取ってもらう。
無責任な事も考えたが、最終的に選択は二つに絞られた。
真剣な表情で考えに耽る蓮を見かねて、一蓮が声をかけようとしたその時。
「不純な能力を使ったなァ」
この場には居ない筈の人物の声が聞こえた。
一同が声の方へと視線を向けると、そこには黒いローブを羽織り、顔を隠した人物が立っていた。
「何者だ!」
咄嗟にニ猫が威嚇し、武器を構える。
この人物が蓮から聞いた他者を操る者だと直感した一蓮が七杏に視線を向けると、七杏も同様に一蓮へ目配せしていた。
こんな時に不謹慎だが、妹の成長が垣間見れて一蓮は心底嬉しかった。
「眼は馴染んだ?」
黒ローブの女性はニ猫を無視して蓮にだけ問いかけた。
「この戦もあんたが仕組んだのか」
蓮の怒りは周囲にも影響を与える程にまで強化されていた。
後退りたがる体を必死に留めている七杏の隣で蓮の怒りが爆発した。
「目が!?」
黒目は紅く染まり、少しずつ形を変えて模様を描いた。
「やっぱり不純な眼だねェ」
フードの下で両眼を光らせたその人物は蓮の顎を持ち、紅爛鳳凰眼の奥を覗き込んだ。
蓮が貫手で突きを繰り出すと簡単に指を掴み、次の瞬間には姿が消えていた。
「…あれが本当の敵かな」
怒りを収めようと必死に戦っている蓮にいつもの冷静さはなく、宇軍大将の事を考える余裕はなかった。
「七杏、叔母をどうするか、決めるかな。一番、不当な扱いを受けた者なら正しく罰せられる」
七杏は蓮の方をチラリと覗き見た。
「…私は同じ目に遭わせるつもりでした。でも蓮の話やさっきの人の事、今の叔母様を見て、その気持ちは揺らいでいます」
七杏も悩んでいた。
確かに監禁され、姉達に会えない寂しい日々が続いた。
ニ猫にも沢山の迷惑をかけた。
自分よりも幼い妹達も辛かっただろう。
様々な想いを考慮しても結論は出せなかった。
「その人は僕が保護します。だから……。今までお世話になりました」
七杏は崩れ落ちそうになる膝を必死に留めた。
「僕には責任があります。それに江軍の皆さんにこれ以上、迷惑をかける訳にもいきません」
蓮は頭を下げ、踵を返した。
へたりこむ宇軍大将の肩に腕を回し、担ぐ形で立ち上がらせる。
幸いな事に足は動くようで歩を進めることは可能だった。
「待つかな」
背後からの声を無視して歩き続ける蓮に対して、一蓮は唇を食い締めた。
「君はッ!」
一蓮が声を荒げるよりも早く、その人物は蓮の前に立ちはだかっていた。
蓮の目の前で涙を目一杯に溜めた七杏が左手を振りかぶる。
そして、乾いた音が響いた。
「お前は私達の仲間なのだろう!何故、相談してくれないのだッ!」
涙を流しながら、思いの丈をぶつけるように叫んだ。
彼女がこのように声を張り上げる姿を見たのはこれが初めてだった。
「…相談?一蓮さんも七杏さんもこの人の言い分を聞くつもりはなかった。そんな敵しか居ない場所に居させるわけにはいきません。今は良くても、いずれ綻びが生まれます」
隣を通り過ぎる蓮の瞳は前だけを向いていた。
そんな蓮の横顔を直視した七杏は我慢できず膝から崩れ落ちた。
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夕暮れ時。
一蓮は四蘭と五虎に事の顛末を伝え終えた。
「ふぅん。それで蓮はあの人を連れて、軍を抜けたという事ね」
特に二人からの意見はなく、ただ報告を聞き入れただけだった。
それは顔を俯けて、立ち尽くす七杏の姿を見つけたからだ。
「…どんな形であれ自由を手に入れました。そちらの処理をしなければなりません」
「分かっているかな。皆、まだまだ仕事は終わってないかな!」
一蓮はいつものように明るく振る舞い、皆の中心となって事後処理を進めた。
◇
蓮は息を切らしながら、道無き道を進んでいたが疲労感が限界に達し、歩みを止めて宇軍大将を地面に寝かせた。
木の根っこを枕代わりに、落ち葉をベッド代わりにして優しく横たわらせた。
そして、蓮自身も隣に寝転んだ。
隣の女性はただ眠っているようにしか見えない。
いつ目覚めるのか、それとも二度と目覚めないのか。
「これが僕の望む戦い方なのか…」
蓮は敵を殺さない。
命を奪わず、絶望を与える戦い方が最も効率的に戦闘を終わらせる事が出来ると信じていた。
「こんな力ならいらなかったよ、さくらさん」
誰にも届かない悲痛な叫びは夜空に吸い込まれていく。




