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第38話 誤発動

 遡る事、数十分前。

 一蓮を筆頭に構成された強襲部隊は宇軍の本陣に大打撃を与えていた。

 必死に抵抗する宇軍の兵士達を蹴散らしながら、一蓮は宿敵を探した。



 豪華絢爛な服装が乱れる事も気にせず、宇軍大将は必死に逃げていた。

 激しい息遣いで周りの声が聞こえない程だった。

 兵士達を盾にして、本陣から少しでも離れるように走る宇軍大将は護衛すらも置いて行く程の必死ぶりだった。



「見ーつけた…かな」


 その声は宇軍大将には届かなかった。

 しかし、言いようのない悪寒を感じると同時に足がもつれ、宇軍大将は盛大に転倒してしまった。

 背後からはカツカツと静かな足音が迫り来る。

 すぐさま立ち上がったつもりだったが、振り向くと眼前には前傾姿勢で覗き込む一蓮の大きな瞳があった。



「ひっ!?」


 全身から汗が噴き出し、足がガタガタと震え始めた。



「大切な用があって来たかな」


 ジリッと後方へ下がろうとする宇軍大将に対して、ズイッと距離を詰める一蓮は少しも笑っていなかった。



「母親に似た、その気持ちの悪い話し方を止めんか!何が不満なのだッ!あいつが死んだ後、お前達を養ったのは妾じゃ!主人に噛み付くような真似をしおって!」


「私から妹達を奪い、皆から自由を奪ったッ!それに母様を殺したのはお前だろうッ!」


 激昂する一蓮は叫びながら剣を引き抜いた。

 宇軍大将も瞳に涙を溜めながら同様に剣を持ち、対峙した。



「今更、泣いたって遅いかな」


 無慈悲な笑みを向けた時、伝令兵が一蓮の背後に傅き、蓮からの言伝を告げた。



「…全く、相変わらず甘々かな」


 互いに一歩も動かず、視線を逸らす事もなかったが、剣を振りかざそうとはしなかった。

 とても長い時間を感じていると、一蓮の背後から数名の足音が聞こえた。



「一蓮さん、良かった!」


「ご所望通り、生かしておいたかな!」


 一蓮と蓮達の距離はまだ遠い。

 増援が来たからと言って気を抜く程、一蓮は精神的に弱くはない。

 しかし、何故か安堵してしまった。

 そんな一瞬の隙を宇軍大将は見逃さなかった。



「お前も乙女と言うわけじゃ!」


 一蓮の剣を弾き、頭上まで剣を掲げた宇軍大将は勢いのままに剣を振り下ろすつもりだった。

 体は反応したが弾かれた剣の反動で一蓮は回避行動に移れない。

 それでも諦めまいと両腕に力を込めた。



 数メートル先での一騎打ちを目の当たりして、走るニ猫と七杏の顔が青ざめ、姉の名を叫んだ。



 蓮の頭にはある人物の言葉がよぎっていた。



――"この間合いを埋めずに敵を倒したい時に鳳凰眼が役に立つのさァ"



 拳を握った蓮は"乙女解放"を発動した。

 普通よりも早い速度で走り続ける事が可能な第38の型、瞬捉よりも瞬間的な爆発力が得られる第95の型 前陰マエカケで距離を詰める選択をした。

 しかし、前陰では長距離移動が困難なのだ。

 そこで左右の足で連続して型を繰り出し、一蓮と宇軍大将の間に滑り込んだ。

 前のめりに倒れそうになりながらも蓮の瞳は宇軍大将の瞳を捉えていた。



「ッ!?」


 その瞳からは涙が溢れ、確固たる意思で剣を振りかぶっているのだとはっきり分かった。

 蓮の疑念は奇しくも晴れてしまった。

 操られていない宇軍大将に鳳凰眼を使用するべきではないと判断し、鞭刀『玉簾』の柄へ手を伸ばしたが、手は届かなかった。



「なんでッ!?」


 自分の意思とは反し、全く手が動かない。

 この位置関係なら一蓮は無事だが、蓮は確実に傷つけられるだろう。

 そんな時、またしても黒ローブの女性の言葉が脳裏をよぎった。



 片時も宇軍大将から視線を外さなかった蓮の瞳の奥で神の能力チカラが発動した。

 それは一瞬の出来事で蓮は勢いのまま顔面から地面に倒れ込んだ。



 宇軍大将は剣を振り上げたままの姿勢で、蓮に覆い被さる様に身体を崩したが、咄嗟に一蓮が受け止め、剣が蓮に届く事はなかった。



「君、大丈夫かな!?」


 勢いよく起き上がった蓮の両眼は紅い瞳が模様を描いており、異質な雰囲気を纏っていた。

 しかし、ニ猫と七杏が駆け寄る頃には紅い瞳は通常の黒目へ戻り、その模様を見た者は一蓮と宇軍大将だけだった。



「一姉様、ご無事ですか!?」


「それより君は!?」


「僕じゃなくて、その人は!?」


 三人は別々の人物を気にかけ、それぞれが異なる人物を心配そうに眺めていた。

 一蓮が受け止めた宇軍大将を抱え直したニ猫はその表情を見て言葉を失った。



「どうしたの、ニ兄様?」


 三人はニ猫に抱きかかえられ、項垂れる宇軍大将を覗き込み、同様に言葉を失った。

 一蓮、七杏よりも表情を歪めた蓮は一歩後退り、額から冷や汗を流している。


 

 四名の視線のその先には瞳から光を失い、無表情な宇軍大将の姿があった。

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