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第37話 混乱

「な、なんだ、こいつら!?」


 その頃、前線では兵士達が慌てふためいていた。

 部隊を纏める二猫や四蘭も異常な光景を目の当たりにして動けずにいた。



「ぁあ。あぁぁ」


「体が勝手に!」


 呻き声を上げながら、或いは体の不自由を訴えながら、敵兵が次々と起き上がり、斬りかかってきたのである。



「何事ですか!?」


 前線部隊からの応援要請を受け、五虎の部隊も前線へ加わったがそれでも足りない程に宇軍の勢いは凄まじかった。



「伝令!前線部隊が敵軍により混乱!援軍要請です!」


 蓮の腕を掴み、怒りを露わにしていた七杏は青ざめた。

 伝令兵も狼狽えるばかりで詳しい話を聞く事が出来ない。



「…僕も出ます」


 七杏の手を優しく解いた蓮は馬へと飛び乗り、前線へと馬を走らせる。

 蓮の背中へかけられた七杏の声は風にかき消され、耳には届かなかった。



「状況は!?」


「敵兵が何度も何度も起き上がり、切りがありません!」


 蓮が目の当たりにした光景はとても異様なものだった。

 兵士達からの情報通りで敵兵は何度も起き上がり、こちらに向かって歩を進めている。

 よく見ると全ての敵兵が起きているわけではなく、生きている者のみのようだった。

 実際に絶命している敵兵は二度と起き上がる事はない。



「何だ。どうなっている…」


 呆然と立ち尽くし、呟く蓮の隣に七杏が追いついた。

 そして、目の前に広がる光景を見て蓮と同様の表情となった。



「なに…これ。何が起こっているの」


 七杏は蓮の服の袖を無意識に掴んでいた。

 震える七杏の手を見つめていた蓮は何かを思い付き、顔を上げた。

 "乙女解放"を発動した蓮は"女"となって戦場を視た。



「…そういう事か。結局、あの人か!?」


 ギリッと奥歯を噛み締めた蓮は遣る瀬無い気持ちを抑え込み、七杏の手を握った。



「僕なら何とか出来るかもしれません。七杏さんはここで指揮を続けて下さい」


 蓮が視た物は敵兵の首の後ろから伸びる糸だった。

 それは神経だ。

 何者かが自分の神経を直接、兵士の脊髄に繋いで操っているのだと推測した。

 こんな事が出来るのは凰花の人間しか居ない。



 ニ猫と四蘭が奮闘する中、二人の間を横切り一本の刀が敵陣に向かって突き進んだ。

 その刀は敵兵の首の後ろを切り刻み、持ち主の手に収まった。

 敵兵はバタバタと倒れ、それ以降立ち上がる事はない。



「蓮!?」


 後ろを振り向くと鞭刀『玉簾』を構えた蓮の姿があった。



「一旦退がって下さい!」


 蓮の声だけでは味方の全部隊に周知できない。

 しかし、ニ猫と四蘭、他の武将達の協力があれば話は別である。

 部隊の後退が始まった事を確認してから、再度、鞭刀『玉簾』を振り切った。



「これは一体…」


 ニ猫、四蘭も唖然としており、状況は把握できていない。

 分かっている事は蓮の刀が敵兵の後頭部を通過すると敵が動かなくなるという事だけだった。



「この戦はもう皆さんだけの物ではなくなりました。宇軍には皇帝を操っていた奴が居る」


 その発言を聞き、兄妹達は驚きを隠せなかった。

 特に四蘭の動揺は類を見ないものだった。



「皇帝を操る!?何の事よ!?」


「ここは僕が抑えます!誰か、一蓮さんと七杏さんに連絡を入れて下さい」


 素早く二人の伝令兵が蓮の隣に傅いた。



「お願いします。宇軍大将は殺してはいけないと伝えて下さい。もしかしたら、彼女も操られているかもしれません」


「おいッ!」


 ニ猫の怒号を無視して、蓮は大声を張り上げた。



「この戦、貴方達の叔母さんは無関係の可能性があるッ!」


 伝令兵が駆け出すと同時に蓮も敵軍へと向かって走り出した。



「あいつだけに任せてられるか!俺らも行くぞ!」


 蓮に続き、二猫の部隊が移動を開始した為、覚悟を決めた。

 大きく息を吸い、声を張り上げた。



「敵兵は中途半端に生きているから操られるんです!確実に仕留めて下さい!」


 絶対に口にしたくない言葉を発してしまった。

 しかし、自分の意思を歪められ、戦闘不能になっても尚、戦わせられる兵士達をこのままにしておく訳にはいかなかった。

 頭では分かっているつもりなのに、それでも蓮は抗った。

 敵兵の後頭部を狙い、確実に繋がれた神経を断ち切っていく。

 これが正しい選択なのかは分からない。

 もしかすると残酷な事をしているのかもしれない。

 それでも一人でも多くの命を救いたいという気持ちが強かった。



 蓮の視ているものは敵軍の遥か後方から無数に伸びる神経の糸が大勢の敵兵に繋がれているものだった。

 それは扇状に広がり、一本ずつ断ち切っていく事は非常に効率が悪かった。



「…根本を叩くしかないか」


 息を吐くと同時に地面を蹴り飛ばす。

 土煙が巻き上がり、蓮は目にも止まらぬ速度で敵の前線部隊を突破した。

 視界に映る神経の全てを断ち切り、敵兵は自由の身となった。

 しかし、ほとんどが瀕死状態であり、目も当てられない光景が広がっていた。



                  ◇


「バレた。ここまでだね」


 両手を持ち上げ、人形使いのように指先を動かす黒ローブの女性は戦場を見渡せる丘に立っていた。

 あっという間に指先から伸びる神経の糸が全て断ち切れる感覚が伝わって来た。

 丘の死角になっており、姿は確認出来ないが、神経の糸を断ち切ったのは凰花 蓮だと確信があった。



――本当に良いのかァ?坊やはきっと傷つくよォ。


「良いの。遅かれ早かれ、傷つくんだから、早いに越したことは無いよ」


 黒ローブの女性に迷いは無かった。

 しかし、脳内に反芻する声には戸惑いがあった。

 自身の中に潜む者は凰花 蓮に対して甘い傾向がある。

 互いの弱い部分を補い合い、今日まで上手くやってきたつもりだ。

 今のように二人で相談して身体を交代で使用すれば、全てが上手くいく。

 黒ローブの女性は凰花 蓮と接触する前に姿を消した。

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