第35話 不安定な瞳
いつもの森の中で佇む蓮は神経を研ぎ澄まし両目に集中したが、一向に鳳凰眼が開く気配は無かった。
そんな蓮を真後ろから眺めている者が居た。
「手を貸してあげよう」
その声に飛び退いた蓮は凰花流の構えを取り、声の主と対峙した。
全身を漆黒のローブで覆う人物が目の前に立っている。
顔は見えず、ローブのおかげで体型も把握できない。
分かっている事は女性である事と身長は蓮よりも低いという事だけだ。
「人を操っているのは貴方か?」
「その構え…。無事に凰花流を習得できたんだね」
「答えろ!」
「そうだよ。あたしの戯瞑鳳凰眼の能力だ。ほら、もっと集中しないと鳳凰眼は開かないよ」
黒ローブの女性はしゃがみ込み、落ちている木の枝で地面に何かを書き始めた。
蓮は構えたままの姿勢でどうするべきか考えた。
一蓮達に知らせるべきか。
それとも少しでも多くの情報を聞き出し、椿に伝えるべきか。
ひとまず、情報収集を優先する事にした蓮は恐る恐る問いかけた。
「僕を知っているのですか?」
「勿論。凰花さくらの血を引く唯一の存在、石動 蓮。あっ、今は凰花 蓮だったね」
ケラケラと馬鹿にしたような笑い声に苛立ちを覚えながらも蓮は冷静に質問を繰り返し、女性に敵意がない事を確認した。
「そんな事よりも鳳凰眼でしょ。君は怒りの眼の所有者なの。まずは自身の怒りについて知る事が大事だねっ」
黒ローブの女性は自分が知りうる鳳凰眼の情報を開示した上で、蓮を手助けするつもりだった。
「今の君は凰花さくら絡みの事でしか怒れないけど、本質はそれじゃない。それが何かを探そう」
鳳凰眼の発動条件は様々だが、蓮の場合は最も怒りを爆発させる事ができる理由を見つけなければならない。
黒ローブの女性を信用する訳ではないが、実際に鳳凰眼所有者からのアドバイスは聞いておいて損はないだろう。
蓮は自分の中を覗いたが、そこに怒りの根源は無かった。
椿姫の場合は自身の中に黒い球体を見つけ、それが憎しみの塊であると理解した。
しかし、蓮は自分で怒りの塊を見つけた訳ではない。
『お前は怒りの鳳凰眼を持つ者だ』と言われ続けた事で、そう思い込んでいるだけなのだ。
苦悩する様子を見守る黒ローブの女性だったが、代わり映えしないその光景を見かねたのか、蓮に向かって木の枝を投げつけた。
一直線に進む枝は目を閉じる蓮を目指し、左頬を掠めて地面に落ちた。
少量の血が頬を伝い、唇に触れる。
目を見開いた蓮は指で血を拭い、取りこぼさないように嘗めきった。
黒ローブの女性に向けられた瞳は怒りに満ちており、並の者では竦んでしまう程の殺気を孕んでいた。
「これがあんたの怒り、と言っても本質とは程遠いけどね」
「さくらさんの血を流す事だけは許さない」
敵意を抜き出しにする蓮を一瞥した黒ローブの女性が何かを呟いた次の瞬間、ふわっとローブがはためき、蓮は首筋をペチペチと叩かれていた。
「ッ!?」
「坊やではアタシに勝てないと思うなァ。この間合いを埋めずに敵を倒したい時に鳳凰眼が役に立つのさァ。今はその怒りで良いから、早く鳳凰眼を開きなよォ」
声は同じだが身に纏う雰囲気や話し方はまるで別人であり、フードの下では模様を描いた黒眼が輝いていた。
冷や汗を流す蓮は恐怖に直面していた。
自分も操られるのではないか、あるいは既に操られているのではないかと不安感が募っていく。
しかし、自分を傷つけ、さくらの血を流された事に対する怒りが不安感を凌駕した。
さくらから譲り受けた"乙女解放"を発動し、女となった時、紅く染まった黒眼は怪しげな模様を描いた。
「そう、それで良いわ。その感覚を忘れないでね。それから頬の傷、ごめんね」
既に出血は止まり、傷跡も残っていないが、優しく頬を撫でた黒ローブの女性は蓮から離れ、森の中へと消えていった。
椿姫、そして黒ローブの女性の協力により蓮は怒りの鳳凰眼の所有者になったが、根源には至らず、強引なやり方で手に入れた為、その能力は安定性に欠けている。
更に本来であれば凰花の眼や鳳凰眼は初回の発動時に使用方法と能力が脳内へ伝達されるのだが、それがなかった。
つまり、蓮はこの究極瞳術について何一つ把握できず、ただ強大な力を与えられただけだった。




