表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/191

第28話 明らかになる記憶

                  ◇ 


 大きな戦から数日が経ち、天気の良い日が続いた。

 椿姫は瑠捺と共に町の警邏という名の散歩を日課としていた。

 極力、以前の世界と異なる事はしない方が良いと考え、記憶をなぞるように生活を送っていた。

 決して以前のように楽しくはなく、そして心中穏やかでもなかった。

 胸の奥が騒めく感覚が押し寄せてくるのだ。近頃は何か大切な事を忘れているような気がしてならない。

 特に問題もなく、帰路を歩み始めると前方から走って来る少女が見えた。



「姉様ー!」


 全力で走ってきたのか、椿姫の前で息を整える明峰は必死に叫んだ。



「目を覚ましました!」


 明峰と共に城へ戻った椿は幼い皇帝の眠る部屋の扉を勢いよく開けて中へ飛び込んだ。

 そこには鏡華や我夏葉といった主要人物が揃っており、中央の寝台にはしっかりと目を覚ました幼い皇帝が横になっていた。



男女ナンニュイ、また世話になったようだな。礼を言うぞ」


「俺を覚えているのか!?」


 幼い皇帝の下へと駆け寄るが、抵抗する素振りは見せなかった。



「うむ。朕はサユという男に捕まっていた筈だ。そこを男女ナンニュイと我夏葉に救われ、九条の元で匿われた」


 その言葉を聞き、椿の頭の中で何かが弾けた。



「サユ…白!そうだ、ここには白が居ない!それに…誰だ、まだ誰か居ないんだ」


 幼い皇帝の両肩を持ち、興奮する椿を我夏葉が制した。



「朕の知っている事を全て話すと約束するぞ」


 まずは幼い皇帝の回復を待ち、それからじっくりと話を聞く事となり、その日は解散となった。

 部屋には我夏葉が常駐しており、警備に問題はないだろう。



 その日の夜。

 椿と空璃は日課の鍛錬を終えて一休みしていた。



「左肩は痛むか?」


 まだ腕を吊っている空璃は利き手である右手しか使用出来ない。

 鍛錬や日常生活ではさほど不自由さを感じないが、出陣できる身体ではなかった。



「俺が傍にいたのに守れなかった。ごめん」


「私はお前の所為で肩を射抜かれた訳ではない。自惚れるな」


 まだ痛みは引かないが、心配させまいと微笑みながら右手で椿の頭を優しくポンポンと叩く。

 そんな二人の姿は本当の姉弟のように見えた。



 数日後、幼い皇帝は自力で起き上がり、食事を食べられるまでに回復した。

 椿達は一つの部屋に集められ、彼の記憶を聞く事となった。



―――――

――――

―――

――


 三つの軍は同盟関係となり、大きな戦は無くなった。

 そして、幼い皇帝はただの少年として伊軍の領地と阿軍の領地の境界に居を構え、我夏葉を含めた新たな仲間達と穏やかに過ごしていた。

 偶然、訪問していた四蘭が雑談に花を咲かしていた時、突如として黒いローブに身を包んだ人物が現れた。



「誰だ!」


 一人の兵の声で皆が臨戦態勢を取った。

 近衛兵はすぐに少年を庇い、我夏葉と四蘭は各々の武器を持ってその人物と対峙した。



「君が元皇帝か。随分と小さいね。えぇ?大丈夫、それくらい出来る。馬鹿にしないでよ。あ、でも周りの兵隊さん達は倒して欲しいかも」


 独り言を繰り返しながら、少年をジロジロと眺める人物に四蘭は矢を引いた。



「誰だと聞いている!」


 返答がない事を抵抗と受け取った四蘭は迷い無く矢を射ったが、その矢は黒ローブの人物に届かなかった。

 同時に走り出し、振り下ろされた我夏葉の剣も華麗に避けられた。



「事を荒げたくないんだけどな。君さ、ちょっと人質になってくれない?」


「何、言ってんのよ!このご時世に人質なんて要らないし、誰を脅すって言うのよ!」


「大丈夫、大丈夫。これから世界が崩れるから」


 外では不自然に嵐が止み、光が射し始めた。



「準備が整ったみたい。話はここまで。申し訳ないけど、言う事を聞いてもらうからね」


 これまで少年を囲っていた兵達はあっという間に倒され、地面に伏している。

 何も出来ず呆然と見上げていると、フードの下で漆黒の瞳に模様が浮かび上がった。



「「あの目は!?」」


 我夏葉と四蘭が同時に声を荒げ、少年を守る為に動いたが既に遅かった。

 少年は目を見開いたままで立ち尽くし、徐々につぶらな瞳から色が失われた。

 続いて黒ローブの人物の瞳は四蘭を捉えた。

 行動を抑制された四蘭の目の前で我夏葉は気絶させられ、少年も意識が朦朧とする感覚に襲われた。

 そして駆け寄った四蘭の声を聞きながら、少年は意識を手放したのだった。


―――――

――――

―――

――



「朕が覚えているのはここまでだ。目を覚ますとこの部屋で我夏葉が居た」


 幼い皇帝の話を聞き、椿の中で何かが繋がった気がした。

 再度、我夏葉に問いかけたが、それ以上の事は何も覚えていないと言う。

 今の状況では四蘭に事実確認を行う事は難しいだろうが、恐らく記憶はないだろうと見切りをつけた。



「なら、その後に何かが起きたんだ。俺達の記憶を消した奴はその人物か、それとも別の人間か」


 一同は黙って頷いた。



「朕を男女ナンニュイの側に置いて欲しい」


「勿論だ。お前達が狙われる理由はない。ここに居れば俺達が守ってやる。そうだろ鏡華?」


「でも二つ条件があるわ。一つ、私の言う事を聞く事。二つ、名を捨てる事」


 鏡華は幼い皇帝、我夏葉、そして兵達を受け入れる心算だった。

 勿論、幼い皇帝を祭り上げるつもりはない。かと言って、もてなすつもりもない。

 つまり、ただの少年として扱われる事を納得させる必要があったが、幼い皇帝はそれをたやすく受け入れた。

 過去に一度失脚し、ただの少年として生きた幼い皇帝は簡単に名を捨てた。

 寧ろ、新しい名を得られる事に頬を緩ませている。



「そうね。我夏葉の弟という事にして、今日から羅夏葉ラナハと名乗りなさい」


 嬉々として我夏葉に笑顔を向ける元幼い皇帝はただの少年に戻った。



 椿は寝室で一人考えを巡らせていた。

 黒ローブの女性が使用する鳳凰眼とは何か。彼女は"意思を支配する"と言った。

 確かに於軍大将は操られていたと思える。

 しかし、羅夏葉は操られるというよりも心を縛られているような印象だった。

 椿姫の梦幻鳳凰眼と同じように使い方は無限大なのかもしれない。

 そして、口にはしなかったが、我夏葉と四蘭も操られている可能性を否定出来ない。

 十分に警戒する必要があると結論付けた。



「…良かった。四蘭を殺めなくて」


 心の奥底から安堵した椿は強い眠気に襲われた。

 まだ何か忘れている気がするが、それを考えられない程の眠気に負けて意識を手放した。



 規則正しい寝息を立てる椿を窓越しに眺める人物が居た。



「おやすみ椿くん。まだ宿題は終わってないよ」


 その人物は紫の髪を揺らし、悪戯に笑うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ