第21話 衝突
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椿姫の耳にも伊軍の武将が皇帝軍の武将と一騎打ちを始めたという情報が入ってきたが、どのような結末を迎えたのか聞く余裕はなかった。
次々と皇帝軍の武将を倒していく椿姫は澪標を用いて一人ずつ記憶を読み盗り、皇帝軍の状況を把握するように努めていた。
ここまで歴史が変わっていると自分一人の力ではどうしようもないと割り切り、難しく考える事を止めると一つ思い出した事があった。
以前、この場で空璃は流れ矢を受け、腿を負傷している。
それを阻止出来ないかと考えたが既に手遅れだった。
矢の雨は止む事なく降り注ぎ、空璃は案の定、腿を負傷し地面に膝をついていた。
辛うじて想定内だ。しかし、どこかおかしい。違和感がある。
何かが足りない気がしてならない。
それが何か分からない椿姫は信じられないものを見てしまった。
「立つな空璃ッ!」
片足を庇いながら立とうとする空璃に向って声を張り上げる。
ビクッと反応した空璃は反射的にしゃがみ直したが、一直線に空璃を目指す矢は見事に左肩を貫いた。
「なッ!?痛ッ」
椿姫の目の前で夥しい量の鮮血が地面を染めていく。
「空璃!」
左肩を押える空璃の手の上から椿姫も傷口を圧迫する。
椿姫が必死に冷静になるように努めていると、事態に気付いた海璃が駆けつけた。
「しっかりしろ、空璃!」
うずくまる空璃を仰向けにして、布で縛り上げた海璃は椿姫よりも冷静だった。
「くッ、こんな…所で…」
空璃は起き上がろうとするが力が入らず、動けない。
皇帝軍にとっては好機であり、矢は射られ続けた。
海璃の肩を借りて立ち上がった空璃は前線を離脱する為に救護部隊の元へ移動を開始した。
「隊長!空璃の護衛を手伝いなさい!」
「はっ!しかし、姫様は!?」
椿姫はある一点を睨みつけていた。
全身から溢れ出す憎しみの感情は味方である隊長をも戦慄かせた。
椿姫の瞳に映るのは身体を半身にし、矢を射り終わった状態でこちらを見ている女性である。
「…許さない」
拳を握りしめた椿姫は身を屈めて地面を蹴り飛ばした。
目にまとまらぬ速さで矢を射った者との距離を詰めていく。
◇
同時刻。蓮は捕縛した我夏葉から話を聞こうとしたが、ふと阿軍と皇帝軍の戦地に目を向けた。
「あれはッ!?」
矢を射った状態で立ち尽くす四蘭を目掛けて、一直線に砂埃が舞っていた。
「一蓮さん、お願いします!」
我夏葉を一蓮に渡して駆け出した蓮だが、四蘭との距離が離れている事と相手の速度の方が速い事から間に合わないと判断した。
「乙女解放!第38の型、瞬捉」
瞳を紅く染めた蓮は凰花流の足捌きで走りつつ、鞭刀『玉簾』を抜いた。
頭上で円を描くように振り回すと遠心力を得て、刀身がどんどん伸びていく。
四蘭を目掛けて鞭刀『玉簾』を振り下ろし、伸び切った刀身を直進させた。
「届けーッ!」
椿姫は腰に差した直刀、篝水仙を抜き、四蘭を串刺しにせんと速度を速めた。
蓮と同様に第38の型、瞬捉を使用しているが、より速く移動できる椿姫の刀は四蘭の目前まで迫っていた。
しかし、四蘭は動かない。
「よくも空璃をッ!」
憎しみを爆発させる椿姫は以前、仲間であった四蘭を本気で殺めようとしていた。
篝水仙の切っ先が四蘭の腹部に刺さる直前、風切り音を響かせる鞭刀『玉簾』がそれを阻止した。
「ッ!?」
篝水仙を弾かれ、椿姫もその反動で四蘭の横を通り過ぎるように転がった。
走る速度は通常の倍。そのままの速度でバランスを崩した椿姫は豪快に転がり続けた。
椿姫が体勢を立て直すと同時に、蓮は四蘭の元へ到着し庇うように立つ。
「四蘭さん!」
両目は椿姫を捉えたままで、背後の四蘭に向かって叫んだ。
「私は…」
突っ立っていた四蘭は我に返ったが、現状を把握出来ていない。
そんなやり取りをする二人の前に立ちはだかる一人の少女。
その艶やかな黒髪は砂埃で汚れ、纏まりはない。無造作に垂れた長い髪は顔を隠し、その隙間から憎しみの籠った眼が覗いていた。
「…退け」
低く、冷たい声は戦場の喧しさに負けず、蓮の耳に届いた。
「今は連合軍として戦っているのに何故、四蘭さんを殺そうとするんですか!?」
「そいつが私の仲間を射抜いたからだ」
奥歯を噛み締め、声を絞り出す。
とても於軍大将を華麗に捕縛した少女と同一人物だとは思えない程に狂気じみていた。
「どういう事ですか!?」
蓮は四蘭へ向き直り問い質したが、四蘭は何も覚えていないと被りを振るだけだった。
再度、篝水仙を構える椿姫に対して、蓮も鞭刀『玉簾』を構えるしかなかった。
「姫様、そこまでです」
一斉に声の聞こえる方を向くと、椿姫の部下である瑠捺が駆けて来た。
「戦場で流れ矢に当たる事だってある。私の不注意だ。戻ってこい。以上が空璃様からの伝言です」
踵を返した椿姫は蓮と四蘭の隣を通り過ぎる際に持てる全ての憎悪を込めた眼で睨み付けた。
その瞳には怪しげな模様が描かれており、異質なものだと瞬時に察したと同時に、それが噂の鳳凰眼だと悟った。
そんな椿姫の眼を直視した事で蓮は背筋が凍る感覚に襲われ、表情が強張った。
自然と力が抜け、"乙女解放"すらも閉じてしまった蓮はよろめいた。
四蘭に支えられ、体勢を維持する蓮の脳裏には椿姫の"梦幻鳳凰眼"の模様が焼きついて離れなかった。
「四蘭さん、本当に覚えていないんですか?」
「えぇ。気付いたら、ここに立っていたわよ」
何かが引っかかる。
しかし、それよりも先程の少女の眼の奥に潜む"憎しみ"が江軍を滅ぼすのではないかという懸念が強かった。
今回の騒動に関して、椿姫は空璃に起こった悲劇から冷静な判断が出来ず、蓮は突然の出来事に対処することで精一杯であった為、見落としていた。
四蘭の目に怪しい模様が映っていた事を。




