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第16話 悩みの種

 更に数日が経ち、この異世界に慣れた蓮は町中の散歩が日課となり、住民とも親しくなっていた。

 いつも賑やかな町だが、今日は賑やかさの種類が異なっていた。町の中心では人集りが出来ている。

 何が起こっているのか確認する為に建物の屋根に登り、人集りの中を見下ろした。



 人集りの中心では一蓮と数人の男が真正面から対峙していた。その男達は何故か老人を人質としている。

 一蓮は男達と何かを話しているようだが、この距離では聞き取れない。

 辺りを見回すと、人集りの外で四蘭が部下達に指示を出しているのが見えた。



 良からぬ事態だと判断した蓮は左眼の能力を発動し、"女"になった。

 常日頃から肌身離さない鞭刀『玉簾』の柄に手を掛け、屋根の上に立つ。



「伸びろ、玉簾」


 刀を抜き、左から右へと凪いだ事で刀身が伸び、下方にいる男達へ向かう。

 人質の解放が優先となる為、細心の注意を払って鞭刀『玉簾』を扱った。

 刀身の挿入角度を微調整し、老人を人質としている男の肩を切り裂いた。

 皮膚と肉が抉れ、鮮血が吹き出したが、老人に血が飛び散る事はなかった。

 一蓮は鞭刀『玉簾』が視界に入った瞬間から動き出しており、男が痛みで表情を歪めている間に老人を救出した。



 他に二人居る男は一蓮と老人の背後から刃こぼれのある剣を振りかざした。

 この位置では一蓮は応戦出来ない。四蘭もその兵も間に合わない。それは戦闘経験のない町人が見ても分かる事だった。

 しかし、一蓮はまだ諦めていない。

 片手で老人の頭を押さえ、自分も頭を下げて地面に伏せる。その直後、頭上を何かが通過した。



 蓮は二人の男達が動いた瞬間に鞭刀『玉簾』の柄を引いていた。それにより刀身も引き寄せられる。

 カッと紅玉の瞳を見開き、伸びた刀身を直角に屈曲させて男達の武器を弾いた。

 競り合いになるわけがなく、鞭刀『玉簾』の刀身も弾かれるが時間かせぎ程度にはなる。



「はあぁ!」


 武器を弾かれ、隙だらけの男達に四蘭の部下が切り掛かった。

 しかし彼らの剣さえも、うねりを上げる鞭刀『玉簾』によって弾かれた。



「殺すなッ!」


 蓮は最後に小振りに柄を回した。

 男達の腕や足を切り裂き終え、刀身が柄に集まる。

 大声を張り上げた為、敵味方そして町人さえも屋根に立つ蓮を見上げていた。



「…蓮様だ」


 誰かが呟いた。

 この町の住人が軍の人間の名を呼ぶ事は大変珍しい。

 蓮は刀を鞘に収め、屋根から降りて、一蓮の前へ歩み出た。



「こんな町中で人殺しは良くありません。皆が驚きますよ」


 諭すような口調で告げる。



「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないかな!」


 一蓮の言う通りである。

 男達は傷を負っているが、武器を持っている者も居る。いつ野次馬を人質に取られるか分からない状況だった。



「だから、僕が相手をします」


 それからは一瞬だった。

 蓮の繰り出す凰花流の前になす術もなく倒されていく男達はあっという間に拘束された。

 しかし、仲間を囮にして一人逃げ出した。



 鞭刀『玉簾』を振るうか、それとも遠距離攻撃が可能な型を繰り出すか。

 迷いはあったが、蓮はどちらも選択しなかった。

 選択する必要がなかった。

 蓮は逃亡した男を追う者の後ろ姿を確認していた。



 城門前でその者の帰りを待つ。

 人質だった老人に怪我はなく、事後処理は全て四蘭が請け負った。



「出迎えなんていらねぇよ」


「ありがとうございました、二猫さん」


「そんな事はどうでも良い。お前は姉貴に不殺を宣言したらしいな」


 何を言われるのか察した蓮は二猫の目をしっかりと見つめ返して話を聞いた。



「先の戦でもお前は誰一人として殺さなかった。その生き残りが今回の騒動を起こしたと考えられても文句は言えねぇだろう」


 ニ猫の言う通りだった。あの男達の装備は於軍の物だ。

 大将を亡くし、露頭に迷った者達が生きる為に悪行を為している。

 あの者達は蓮が生かした者なのか定かでは無い。しかし、あの戦場において、蓮を除いて誰一人として敵を生かす心算の者は居なかった。



「お前は強ぇが甘ぇ。強さが甘さを生んでるなら、それは本当の強さじゃねぇ。その甘さがお前を、姉貴を、妹達を殺すぞ」


 冷ややかな瞳と声が頭上から降りかかり、蓮は奥歯を噛み締めた。

 気付くと隣を通り過ぎようとする二猫に向かい、声を張り上げていた。



「それでもッ…僕は…!」


 二猫は最後まで言葉を聞かずに立ち去った。



「二猫は厳しい言い方をするけど、君を想って言ってくれたかな。私は今回の男達が君が生かした人間だとは思わないかな」


 声の主に背を向けたまま、言葉を聞いた。



「私には敵を斬る理由があるかな。君は天の人間だから、無理に人を殺める必要はないと思っている。でも、その考えを他者に押し付ける事は止めた方が良い」


 一蓮の声が低くなり、背中越しでもどのような表情をしているのか分かった気がした。



「なーんちゃって。しっかり休むかなー」


 最後はいつもの調子に戻っていたが先程の一言は間違いなく本気だった。

 あの瞬間、一蓮は頼れる姉では無く、王だった。

 


 蓮は今回の一件で悩み続ける事となる。

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