第13話 椿の憂鬱
勝鬨が上がる中、男を連行する黒髪の少女は主にその身柄を差し出した。
「ご苦労だったわね。初陣で敵の大将を抑えるなんて、大したものだわ」
「ふふん。ありがとう」
阿軍の王である鏡華はご満悦の表情で労いの声をかけた。その労いを受けた少女の態度は到底部下とは思えないものだった。
しかし、それを咎める者は誰一人としていない。
その少女は天からの使者と言われる貴重な人材なのだ。実際にこうして初陣にも関わらず大きな功績を立てている。
「この男の拷問は私がやるわ」
「あら、貴女からそんなおっかない言葉が聞けるなんてね」
いつもの調子で笑う少女は拘束したままの男を連れて本陣から離れた場所へ歩み始めた。
「分かっていると思うけれど、あと一刻程で陽が沈むわ。それまでには帰って来なさい」
背中越しに鏡華からの言葉を聞き終えると、手を振って返事としておいた。
男の手を拘束しているのは風の手錠だった。それは少女が小刻みに手を動かす事で風を巧みに操り、目には見えない手錠を形取っていた。
オリジナルの型である百花風錠を解除した少女は座り込む男の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
男の澱んだ瞳と漆黒の瞳がぶつかった時、少女は呟いた。
「すぐに済むわ。"澪標"」
自身に発現した能力を使い、男の過去を覗き視た。
―――
――
―
目の前には真っ黒なコートとフードで全身を覆い隠す人物が居る。
そのフードの下では両眼が怪しく光り、模様が浮かび上がっていた。
「行け。あたしの手足となり、この世界を動かせ」
フードを脱ぎ、明るめの茶髪を掻き上げた女性を視認した男は走り出した。
―――
――
―
少女は男の記憶を追体験し終え、息を吐いた。
「なるほど。何者かに操られているのね」
男に目隠しと手枷、足枷をつけた少女は兵士に監視を命じて、王の元へと戻った。
「どうだった?」
阿軍の将達が集まる中、その視線は少女に注がれた。
「あの男が於軍の大将で間違いないわ」
「でかしたぞ!鏡華様、これで我が軍の名声が上がりますよ」
「ではその男の顔を見てから、首を刎ねましょう」
はしゃぐ空璃を嗜め、鏡華は男の元へと向かう。そして呆気なく斬首は終わった。
これで阿軍は宇軍の始めた戦を終結させた軍として名声を轟かせる事になるだろう。
如何にも出来過ぎた話である。
各軍、討伐すべき敵部隊を割り振られ、どの部隊が本隊なのか聞かされていかなった。
しかし、阿軍は迷う事なく江軍の元へ援軍に向かった。まるでどこに於軍の大将が居るのか予め知っていたかのように。
目的を達した少女は天幕の前で立ち止まった。
「もう少しで陽が落ちるわ。お疲れ様、椿姫。いいえ、椿」
鏡華の言葉を聞き終えると同時に少女は少女では無くなった。
腰まで伸びる黒髪は短くなり、胸の膨らみも無くなる。
そこには少年が立っていた。
「あぁ、お疲れ様。鏡華」
天幕の中に引き上げた少年こと、凰花 椿は思考を巡らせた。
先程、斬首された男の記憶に残っていた女性。あの眼は間違いなく"鳳凰眼"である。
その模様は椿の物でも、雛罌粟の物でもなかった。
つまり、この異世界に別の鳳凰眼所有者が居る。
遡る事、数時間前。
凰花 椿姫は敵本陣から逃げ出す男を追い詰めていた。
彼女はこの男が於軍の大将だと確信を持っていた。
反対側には見知らぬ男が刀を構えていたが、無視して自分の目的を優先する。
迫り来る男の剣を弾き、首元に愛刀である篝水仙を添えた。
詳しく事情を聴きたいが、得体の知れない人間の前で話したくない椿姫は男を拘束して歩き始めた。
早く立ち去りたい気持ちを押し殺し、後方からの声に耳を傾けた。
「凰花 椿。この名に聞き覚えはありませんか?」
自分の名を知る男がこの異世界に居る筈がない。間違いなく凰花の人間だと悟った。
これ以上の会話は無意味だと判断し、適当にあしらい自軍に戻った。
そして、於軍大将は処刑された。
周囲の者はこれが椿の初陣だと思っているが、それは間違っている。
凰花 椿は疾うの昔に初陣を終え、一度この異世界を救っている。言わば救世主である。
その証拠に薄い胸板には、枯れたツバキの痣が刻まれていた。
凰花 椿はこれから起こる事を全て知っている。だから江軍の援軍に駆け付けたのだ。於軍の大将を殺す為に。
宇軍大将は必ず大物を江軍に任せる、と言う鏡華の言葉を信じて正解だった。
於軍はこの後、皇帝軍を取り込み、更に大きな戦を始める。その結末として宇軍に壊滅させられる。それが椿の経験した異世界だった。
しかし、今日、凰花 椿は未来を変えた。
少しでも傷つく人が減るようにと願った椿の安易な行動は正しかったのか、それは誰にも分からない。




