第12話 邂逅
各個撃破という事で他軍と顔を合わせる事はない。
一蓮は会議の際に各軍の代表と会っているが、そこに蓮の求める人物が居たのかは定かではなかった。
部隊から離れて立ち尽くす蓮を後ろから追う影があった。
「さっきから、ソワソワしてる」
「…少し緊張します」
声をかけられると思っていなかった蓮がゆっくり振り向くと目の前には一蓮達の妹が居た。
整った顔立ちで姉達には希薄な気品があった。
「怖いの?」
「怖いですよ。僕の手が人の命を奪う。それは怖いことです」
彼女は違和感を覚えた。目の前にいる人物は自分の命ではなく、他人の命を想って"怖い"と言う。それは思いも寄らない発言だった。
「でも、そうしないと戦には勝てない。誰かが手を下さないと別の誰かを襲うかもしれないでしょ?」
「では、貴女には斬れますか?」
そう問いかける蓮の目は酷く冷めていた。
「…分からない。私は人を斬った事はないの。だから、私も緊張している」
目を伏せてしまった彼女を見て、蓮は知り合いの顔を思い浮かべていた。
その者も人の上に立つ為に無理をしていた。目の前の彼女も無理をしているのだろう。そう思うと笑みが零れた。
「な、何を笑っているの!?二兄様の言う通り、貴方は無礼者です!」
「では、緊張している者同士、怪我をしないようにしましょう」
「私は二兄様に鍛えられているから大丈夫…だと思う。貴方は安心していいよ。私が守ってあげるから」
一体何を言っているのだ。どう考えても自分の方が強いに決まっている。そんな事を決めつけながら、蓮は首を傾げた。
「そんな顔で私を見ないで。貴方の強さは姉様達が認めている。私が守れるのは貴方の心だけ。貴方が人を斬っても私が赦します」
想像していたものと異なる返答に対して、蓮は言葉に詰まってしまった。
この少女を甘く見ていたかもしれない。どこまで見透かされているのか分からないが、蓮は認識を改めた。
「僕は凰花 蓮。貴女が僕の心を守ってくれるなら、今後、貴女に敵の刃が届く事はないと約束します」
「期待してるね。私は七杏、私も約束しましょう」
差し出された手を握り、約束を取り付けた二人は陣地へと戻って行った。
号令と共に始まった江軍と於軍の戦は於軍優勢だった。
それもその筈、江軍に割り振られた於軍の部隊というのが本隊だったのである。
於軍大将が自ら鼓舞しており、敵兵達の士気は非常に高い。
二猫の部隊が増えたからと言って、この局面を切り抜けられる程の力はない。
本陣で指揮をしている一蓮は頭を悩ませていた。このままでは被害が大きくなるばかりで活路は見出せない。
蓮を使っても良いが、天の住人に全任せというのは心苦しくもあり、自尊心が許さない。
そんな時、本陣に伝令兵が駆け込んで来た。
「阿軍の使者が大将にお目通りを願っております!」
この忙しい時に何用かと憤りを感じつつも使者と会う事にしたが、要件だけ述べるとそそくさと帰って行った。
その者の話では阿軍の本隊がこちらに向かっており、間も無く合流できるというものであった。
阿軍に割り振られた敵も大部隊である。早々に片付けて、こちらに向かっているというのか。一蓮は疑念を抱いた。
しばし悩んだ一蓮は五虎に蓮を呼び寄せるように指示を出した。
「君、君。今から阿軍が援軍に来てくれるかな。君の探し人が居るかもしれない」
蓮は呆れていた。劣勢の戦の最中にも関わらず、他人の事を気にするとは随分と余裕だ。
しかし、それは的を外していた。
「会って来て良いから、敵大将をヤっちゃって欲しいかな。勿論、生死は問わないかな」
交換条件を持ち出された。
蓮は一蓮達を利用するつもりだが、それは一蓮達も同様という事を再確認させられた。
それで良い。蓮は無駄に馴れ合うつもりはないのだ。
指示を受けた蓮は前線へ向かい、二猫の部隊に合流した。それと阿軍の到着は同時だった。
江軍、阿軍連合と於軍本隊は激突し、更に戦闘は激化していく。
混戦の中、於軍の本陣へと向かった蓮は、敵大将と思われる男が逃げ出す寸前で行手を阻んだ。
そこへ挟み込む形で反対からは煌びやかな黒髪を持つ少女が舞い降りた。
蓮は左腰の鞭刀『玉簾』をゆっくりと抜き、男へ切っ先を向けた。
同様にも黒髪の少女も腰の刀を抜いて男へと向けた。
諦めない男は大声で叫びながら、蓮ではなく少女へ向かって行ったが、振りかざされた剣が彼女に届く事はなかった。
少女の持つ刀は男の首筋に添えられており、身動きが取れない状況である。
男の耳元で囁かれる凛とした声。
「貴方は誰?」
返答は無く、ヘラヘラと笑う男に対して少女は澄ました表情だったが、蓮には男の背中に隠れて少女の姿は見えていなかった。
「そう、なら後で聞くわ」
少女は男の首元から刀を離し、鞘に収めた。
蓮は咄嗟に踏み込んだが、男は武器を落とし両手を前に突き出して指を組んでいた。
「なんだ!?何で手が動かねぇ!?」
腕を前後左右に振り回すが手を離す事は出来ず、少女に促され歩き始めた。
背中を押しながら、来た道を引き返す少女を呆然と眺めていた蓮は我に返り、駆け出した。
「待って下さい!」
少女は立ち止まったが、振り向くことは無い。
「凰花 椿。この名に聞き覚えはありませんか?」
「…ない」
あっさりと否定し、歩みを進めようとした少女を再度呼び止めた。
「貴女の名前を聞かせて貰うことはできませんか?」
「…私は天使だ。名など無い」
そう切り捨てると少女は軽やかな足取りで行ってしまった。
蓮の位置からでは顔を凝視する事は出来なかったが、声は紛れもなく女のものだった。
凰花 椿は現当主の"息子"だと聞いている。では人違いだろうか。結局、疑念は晴れなかった。
大将を失った於軍は敗走を始めた。追撃部隊を派遣したのは江軍だけで、阿軍に動きはなかった。
手柄を譲る意図があると踏んだ一蓮は遠慮なく本隊の壊滅を命じた。
俯きながら帰還した蓮を迎え入れる一蓮達であったが、上の空の蓮にその声は届かなかった。
こうして、思いがけない出会いを果たした二人は新たなる戦いへと巻き込まれていく事になるのだった。




