第10話 初戦を終えて
一蓮は於軍の殲滅を報告する為に宇軍大将の元に出向いた。
特に感謝されるわけでもなく、次の戦に備えろという言葉だけで終えられ、その以上の会話をする事は不可能だった。
宇軍大将にとっては結果が全てだ。誰が、どのようにして於軍を退けたのか、という事実は些細な問題である。故に凰花 蓮というイレギュラーの存在にも興味はなかった。
憤慨しながら帰還した一蓮を出迎える妹達は、いつもの事だと言うように半ば呆れながら労いの言葉をかけている。
「姉さん、冷静に」
「今、楯突くのは得策では無いわよ。もう少し機が熟すのを待とうよ、一姉」
妹達の言葉に無理矢理に納得する。
これで於軍との戦が終わったわけではない。圧倒的に数の多い於軍はその兵力を武器にまだ良からぬ事を企んでいるという情報も入っている。
身内のいざこざに目を向けすぎて、油断すると命取りになる。
涼しい顔で姉妹のやり取りを眺めていた蓮の前に立ち、一蓮はその頬を両手で摘んだ。
「何で君はあんなに強いかな。私が目立たないかな!」
蓮はされるがままで、身体を左右に振っている。これが先日、鬼神めいた戦いをした者と同一人物だとは誰も思わないだろう。
そんな和やかな空気のままに帰還した一行は、一時の穏やかな日々を過ごしたのだった。
蓮は中庭で一人鍛錬を行っていた。汗が滴り落ちる事も気にせず、一心不乱に次々と凰花流の型を100から順に繰り出していく。
これは凰花家の人間になってからの日課だった。
「次。第十の型、滝壺落とし。 次。第九の型、紫煙撫子。次…」
そんな蓮を影から眺める者がいた。
「何かご用ですか、四蘭さん?」
「邪魔をするつもりはないわよ。気にせず続けてちょうだい」
その後、二の型まで終えた蓮は漸く汗を拭った。
凰花 蓮は第一の型を知らない。それは当然の事だった。第一の型は当主にのみ教えられる禁秘術であり、そう易々と継承できる代物ではないのだ。
「四蘭さんはこれから仕事ですか?」
「いいえ、自分の部隊で遠的でもやろうかと思っていた所よ」
蓮は目を輝かせ、四蘭に詰め寄った。
「僕もついて行って良いですか!?」
四蘭と共に訓練所に移動すると圧巻の光景が広がっていた。
部隊の兵士が横一列に並び、次々と弓を引き、的を射ている。
隊長の登場に一斉に動きを止め、礼をする兵士達。江軍の中で一番統率の取れた部隊である。
蓮も後ろをついて行き、そして隣に立った。蓮の前方にも的があり、それを眺めて距離を測る。
隣では四蘭が矢を射った。見事中心部を捉えた矢を見て、当然と言った風な表情を作っていたが、その直後、四蘭とその兵士達は驚愕することになる。
ブォンという轟音と共に砂埃が舞い上がり、遠方にある的が木っ端微塵に破壊されたのだ。
呆けた四蘭はゆっくりと自分の左隣へ目を向けた。そこには、両目を紅く染めた蓮が刀を振り切ったままの体勢で立っていた。
「ん、まだまだですね」
遠方まで伸びた連結刃がズルズルと蓮の手元に戻ってくる。最後には一本の刀となり蓮の手に収まった。
納得のいかない様子で再度、鞭刀を横薙ぎする蓮を見て、四蘭は引きつった顔を正した。
(こいつに苦手な距離はないのね。接近戦を得意とする一姉を中遠距離から援護できる存在か)
そんな事を考えながら四蘭も弓を引き、中心を射抜き続けた。
周囲を驚愕させているが、蓮にも課題はあった。
この鞭刀『玉簾』の特徴は攻撃範囲の広さである為、細心の注意を払わなければ大勢の人を容易く殺めてしまう。
蓮はまだ神経コントロールが未熟であり、この刀の制御は良い練習になっていた。
この日、蓮は日が暮れるまで遠的の訓練を続けたのだった。




