第9話 江軍の紅鬼
その後も蓮は刀を持ち、踊るように振り回した。
切られた於軍の兵は死に至る事はなく、痛みでのたうちまわっている。
一瞬のうちに斬られる為、その時は痛みを感じない。自分の身体を見て、漸くその身が斬られている事に気付くのだ。そして、認識すると途端に痛みが襲って来る。
更に、ある者は皮膚の一部が抉られている事に気付いた。
「何かな!?あの子は何をしているのかな?」
一蓮を含め、周りにいる者達は事態を飲み込めていなかった。
目を凝らして見ると、蓮の手には刀の柄が握られており、その先には短い刀身しかなかった。
蓮の初撃から逃れた者も残さず身体のどこかに傷をつけていく。
足を切られた敵兵が多く、動けずに座り込んでいる者が大多数だった。
一通り敵兵を退けた時、何かが勢いよく蓮の持つ柄へ戻って行った。
柄の先にガシャンと刀身が連なり、遂に一本の刀の姿を見せた。
刀身には服の切れ端や皮膚、血や肉片が付着しており、蓮はそれを振り払うように上段から下段へ振り切った。
鞭刀『玉簾』は遥か昔、とある刀鍛冶が打った刀の一本であり、それぞれに特徴と象徴とする死がある。
この刀は攻撃範囲に主眼を置いて作られ、一振りで百人を切り捨てると言われた曰く付きの業物だ。そして、切られた部位から出る大量の出血による出血死を象徴としている。
刀と名付けられているがその正体は所謂、連結刃と呼ばれる刃を備えた"鞭"である。
見た目は反りのない直刀で、所々に返しがついているため削ったり、抉ったりする事も可能である。
当然、操作は困難を極める。しかし、蓮は刀身の連結部に自身の神経線維を埋め込む事で自在に操れるように改造を施したのだ。
蓮の周りには誰も立っていなかった。
静かに眼を閉じて次に目を開いた時には、紅い瞳は元の黒目へ変化していた。
「…鬼だ。江軍に鬼がいるぞ!」
誰かがそう叫び、伝染したかのように於軍の兵達は怯え、逃げ出した。
その光景を蓮はただ見ているだけで追撃の意思は示さなかった。
鞭刀『玉簾』により傷つけられ、動けない者は味方に肩を借りながらヒョコヒョコと逃げ始めたが、それすらも追う事はなかった。
自分の周りに敵が居なくなった事を確認して、ようやく蓮は刀を鞘へ収めた。
これは蓮にとってパフォーマンスであり、敵を殺す為の抜刀ではない。
残っている敵兵を倒している一蓮の元へ向かう道中、邪魔する者を地面に叩きつけながら、歩みを進める蓮を誰も止められなかった。
「粗方、片付きましたね。もう一発喰らわせるので、それが済んだら勝鬨を上げて下さい」
一人で於軍を相手取る形で一蓮の前に立った蓮は勢いよく鞭刀『玉簾』を抜き、真横に凪いだ。
刀身が伸び、遠方にいる将や兵を一網打尽にする。痛めつける程度の力加減で巧みに鞭刀『玉簾』を操っていた。
蓮は相手が最も嫌がる事をして、自分の印象を植え付けたのだった。そして、江軍の弱点である兵力差を一人で解消して見せた。
出陣を終え、出迎えた五虎に対して一蓮は余裕の笑みを浮かべていた。
「今回の戦は君の活躍が大きかったかな」
蓮も微笑を浮かべながら、一蓮の隣に立っている。
「君の武器はどうなっているのかな?」
「あんなに長い武器をどうやって扱っているのよ!」
興味津々といった様子で問われると答えざるを得ない。
「並みの人間ではこの刀を扱いきれません。僕も最初は無理でした」
左瞼をさすりながら、蓮は話し始めた。
凰花家には体内の神経が見えるようになる女子がいる。これが凰花家に伝わる"眼"である。
更にその中でも特別な者には一つの能力が発現すると言い伝えられていた。
蓮は凰花 さくらの血を引く唯一の存在だが、男であり神経を視る事はできなかった。
そこで、さくらは七代目当主である梔の"眼"の能力で、さくら自身の"眼"の能力を蓮の左目に移し込んだ。
さくらの"眼"の能力とは、自身の神経系に働きかけるというものだ。
蓮は男の状態で"眼"を開くことで、男性ホルモンと女性ホルモンのバランスを書き換え、相対的に"女"になることが出来る。
女と言っても見た目の変化はなく、染色体も変化はしない。
この擬似的な女の状態であれば凰花の眼を開く事ができ、他者の神経を見る事もできた。
さくらの"眼"を使い、自分の神経を自在に操る事が可能となった為、鞭刀『玉簾』に自分の神経繊維を埋め込み、暴れる刀身の制御に成功したのだ。
一通りの説明を終えた蓮がさくらから譲り受けた眼を使い、"女"になると両眼が紅に染まった。
これは染色体が女性の物ではない為に生じる反応ではないかという見解になっているが、婿ではなく男として凰花家に属している人物は蓮が初めてであり、詳しくは誰も分からない状態だ。
「このように眼が紅く染まります。あまり好きではないんですけどね」
蓮は自虐的に笑うが他の者は違った。
「それで鬼ですか」
「いいんじゃないかな。真っ赤な目、とっても綺麗かな」
「使い方次第では何もせずに戦場を支配できるわよ」
五虎、一蓮、四蘭はそれぞれの反応を示し、決して蓮を貶す事はなかった。
特殊な眼を持ち、非道な戦い方をする者を江軍が抱えているという噂話は一気に大陸を駆け巡るのだった。




