第8話 序開
戦場に着くと、宇軍の疲弊しきった兵達が目立った。
一蓮と五虎の後ろをついていき、宇軍の大将と呼ばれる人物が指揮する本陣へと入ると尊大な態度の女性に出迎えられた。
「妾の要請に応じた事を褒めよう。あの者達を蹂躙せよ」
「分かりました」
いつものへらへら顔を抑えた一蓮が無機質な声で告げる。
蓮は驚いた。いつもあんなにも傍若無人という言葉が似合うと言うのに今は別人のようだ。
無理矢理に躾けられた犬のような対応をする一蓮を見つめ、同情の念を抱いてしまう程だった。
静かに自軍に戻った一蓮は拳を震わせながらもいつもの顔で号令を発した。それに呼応するように将や兵が叫び、江軍と於軍の戦が幕を開けた。
於軍殲滅だけでも骨が折れる。なんせ敵の数が多い。
更にこの戦をきっかけにするのであれば、圧倒的な勝利が条件となる。そうなれば宇軍のみならず、これから戦うであろう他軍にも大きな印象を与えると踏んでいた。
とにかく人の記憶に残る程の衝撃が欲しかった。
江軍には人も資金も少ない。横の繋がりもない。だからこそ評価を上げて、人や物や金を集める必要があった。
この戦はただ戦えば良いものではないのだ。
「思ったよりも逆境からのスタートだな」
純粋な感想を呟きながら空を見上げた。澄み切った空を仰ぎ、目を閉じて息を吐く。
「負ければ死ぬ。綺麗事で飯は食えないし、生き残れない」
蓮はこの世界に来て、初めて気持ちを切り替えた。
凰花 椿に会うまでは死ねない。覚悟を決めた蓮はゆっくりと目を開き、左腰にある鞭刀『玉簾』にそっと触れた。
「覚悟は決まったかな?」
短く返事をした蓮の声を掻き消すように伝令が飛び交った。
「前方に於軍と思しき部隊の陣地を発見!」
「了解。どうせ姉さんが出陣します。四蘭姉さんと蓮さんは補佐をお願いします」
これまでも四蘭が一蓮の補佐を務める事が常だった。慣れた様子で出陣の準備が整っていく。
「分かったわよ。一姉の面倒は私が見るから、あんたは気にせず動いていいわよ」
「え?何度か調練には参加しましたが…」
不安をぶつけようとしたが、それは一蹴された。
「あんたは良い感してるから、ここぞって時を見失う事はないわよ」
意外にも四蘭に褒められて蓮は自信を含ませた顔で頷いた。
一蓮が出陣の号令を叫び、江軍の兵を震え立たせる。蓮も久々に鳥肌が立つのを感じた。
前線での戦闘を開始した蓮はとんでもない速さで敵を切る一蓮を見ながら自分の身を守っていた。
その突破力は目を見張るものがあった。
そして、四蘭の統率力も素晴らしいものだった。
将も兵も少ないが十分に戦える戦力を有している。江軍の問題は数だけだった。
棒立ちしている訳にはいかない。次々と向かって来る於軍の兵を凰花流合気柔術を用いて地に這い蹲らせていく。
「こいつッ強いぞ!」
武器を持った兵士を相手に素手で応戦する蓮の強さは際立っていた。
「凰花流、第98の型、夕霧」
常に敵の死角を意識して移動することにより、相手からは蓮が消えているように見える移動の型だ。
一桁の型のような派手さや破壊力はないが、その分扱いやすく体力の消耗が少ない事が二桁の型の特徴である。そして、洗練された二桁の型は時に一桁の型を凌駕する。
蓮はここまで一度も刀を抜く事なく戦闘を終えている。当然、返り血は浴びておらず、敵の攻撃が蓮に届くこともなかった。
一蓮の方を見ると必死に味方を鼓舞しながら、自らが兵を率いて敵を倒していた。
後方では四蘭が弓を引き、更に後方では五虎が的確な指示を飛ばしていた。
戦場の中央で蓮は立ち尽くす。
それを好機と見た於軍の兵が数十人で蓮を囲んだ。
「君ッ!」
一蓮の声が届く。そんなに焦らずとも良いだろうと言いたくなる程の声色だった。
彼女なりに初陣の蓮を心配しているようだ。
「圧倒的勝利…か。いきますね、さくらさん。"――――"」
蓮の最後の言葉は誰にも聞き取れない程、小さな声で大切に呟いた。そして閉じていた両目をゆっくりと開く。真っ黒な瞳の奥で"さくらの力"が輝いた。
蓮の目は宝石のような"紅"に染まり、纏う雰囲気も一変した。
左腰の鞭刀『玉簾』の柄を持ち、勢い良く、振り抜く。次の瞬間、蓮を囲う全ての人間は鮮血を吹き出しながら倒れたのだった。




