第6話 服と武器と記憶と
一蓮に拾われた翌日。
兵に案内され玉座の間へ入った蓮は挨拶も早々に本題を切り出した。
「五虎さんはいますか?」
「居ると思うけど…まさか五虎が好みかな!?」
蓮は首を振り、静かに否定する。
「私はここです」
咄嗟に後ろを振り向くと五虎が部屋へ入って来たところだった。
「少しお時間をいただけませんか?この世界について色々と教えて貰いたいです」
「良いですよ。今日は少し忙しいので、夜になったら私の部屋に来て下さい」
自分の身柄がどの程度拘束されるのかを一蓮に確認したが、特に制限や制約はなかった。
これは蓮の憶測通りだった。
頭を下げた蓮は城を出た後、自分が倒れていた森へと向った。
「母様のお墓なの」
背後から一蓮の声が聞こえたが、蓮は振り向かずに辺りを見回しながら歩いた。
ひっそりと後をつけていた一蓮はそんな蓮を黙って見守っていた。
「あっ」
何かを見つけ、小さく声を漏らした。視線の先には一本の刀が落ちている。
ゆっくりと刀を拾い上げると頭の中に様々なシーンが浮かび上がっては消えていく。
動かなくなった蓮を気にした一蓮が駆け寄った。
「それは?」
「この刀は鞭刀『玉簾』。僕の武器です」
蓮がこの世界に来る前に修行という名目で手に入れた刀である。
しかし、蓮が思い出したのは刀の名前と使い方のみで、それ以外の記憶は失ったままだ。
帯刀した蓮は一蓮と共に城下町へと戻って行った。
「服を買った方が良いかな!いつまでもその格好だと目立つかな」
蓮は自分の服装を見て納得した。この世界の住人の纏う服とは似ても似つかない。これでは天の住人と思われても仕方がない。
そんな蓮を見て、一蓮は近場の服屋へ入った。
ブツブツと何かを呟きながら、気に入った服を蓮に買い与えた。
上機嫌の一蓮について行きながら、買って貰ったばかりの服を眺め、蓮は密かに微笑むのだった。
「そういえば、五虎に何を聞きたいのかな?」
「一蓮さん達の立場や情勢についてです。そこを知らなければ、何もお役に立てませんから」
「ふぅん。なんで私じゃなくて、五虎なのかな?」
膨れっ面の一蓮を横目に蓮は正直に答えた。
「五虎さんの方が賢そうだからです」
「なッ!?正直過ぎるにも程があるかな!」
「別に貶している訳ではありません。様々な方面から現状を見ているかと思っただけです」
話を聞くと実際に五虎は武将としての才よりも軍師としての才に秀でているという事だった。
その後は自室で鞭刀『玉簾』のメンテナンスを行いながら夜を待った。
用意された夕食を食べ終え、五虎の部屋への向う。室内では既に一蓮と五虎が談笑している最中であった。
「何が聞きたいのですか?」
「まずは現在の情勢についてです。貴女方の置かれている立場を教えて下さい」
「家族を守るという母様の願いを叶える為に戦っています。母様は亡くなってしまいましたが、その意思は姉さんが引き継いでくれています。しかし、我々はあくまでも家族であり、軍と呼ぶにはお粗末なものです。そこで隣接する宇軍が我らを保護という名目で支配している…という状態です」
淡々と紡がれる言葉。まるで用意していた原稿を読んでいるかのような口調で説明を終えた五虎は茶を啜った。
「でも、いつまでも支配されているつもりは無いかな!これから大きな戦が起こる。これに乗じて宇軍からの独立を果たすかな!」
黙っていた一蓮が意気揚々と野望を語った。その拳は堅く握られ、意思の強さが感じ取れた。
ふと五虎の方を見ると寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべて顔を背けられた。
「力になれるかは分かりませんが、助けられたお礼もあります。お手伝いしますよ」
一蓮はまだ仕事が残っているという事で早々に引き上げ、部屋には五虎と蓮の二人になった。蓮は改めて話を伺う事にした。
「もう一度、天の住人について教えて下さい」
「噂話です。天に住まう人間がこの地に降り立ち、この国を纏めるという奇妙な話です」
「それを一蓮さんは信じているのですか?」
「いえ、姉さんはそんな物を信じません。貴方を信じているのでしょう」
蓮は無意識のうちに困ったような、嬉しいような表情になっていた。
五虎はそれに気付いたが敢えて何も言わず、茶を啜った。
「姉さんが死ぬとこの軍は崩壊します。助けられるのであれば、そうしていただきたい。これが我々姉妹の素直な気持ちです」
その言葉に嘘偽りはなかった。
この異世界では戦が常だと言う。これからは更に戦が激化すると予測されている以上、この場に居る蓮も巻き込まれるだろう。
その覚悟が蓮には必要だった。
翌朝、一蓮に叩き起こされた蓮は中庭へ連れ出された。
再戦を申し込まれたが、寝起きで頭の働かない蓮とやる気満々の一蓮では熱意に温度差があった。
昨日、一蓮に買って貰ったばかりの服に袖を通した蓮は一蓮を眺め、一昨日の突きを思い出していた。
あの時は身体が勝手に動いたが今日も大丈夫だろうか。そんな心配をしながらも構えを取った。
やはり、身体に染みついている構えだ。
合図を聞くや否や一蓮は走り出した。右拳が蓮の顔面を目指して突き進んでくる。
息を吐き、しっかりと一蓮の右腕を捉えて、地面を擦るように足を動かす。
蓮は一拳が当たるギリギリの所で避けてみせた。
「本当に一姉の突きを躱したわよ」
四蘭が感嘆を声を漏らす隣で五虎は黙って行く末を見守っていた。
蓮は自分に向かう一蓮の拳を避け続けた。
おかしい、こんなにも自分は弱かっただろうか。一蓮に不安感が募った。そんな感情とは裏腹に高揚感にも襲われていた。
姉妹の中でも軍の中でも一番強い自負があった一蓮は気付かぬうちに笑みが零れていた。
こんなにも滾るのは久々である。
「避けてばかりでは、私に勝てないかな!」
安い挑発を受けても蓮の心を揺れなかった。しかし、勝たなければ終わらない。
蓮は自身の身体が動く事を実感しつつ、勝つ方法を模索し始めた。
一蓮の拳を真正面から受ける体勢となった蓮は軽やかな足捌きで半身に翻し、一蓮の腕に自身の掌を当てがう。
「凰花流合気柔術、第18の型、滑沢掌」
一蓮の腕に置いた掌を滑らせて行き、喉元に人差し指と中指を押し当てた。
爪が喉に優しく触れている。このまま貫かれていればどうなっていたか、想像したくない四蘭は声を荒げて試合を終わらせた。
「そこまで!」
蓮はその体勢から動こうとしなかった。
「…凰花流……」
ボソッと呟き、一蓮の喉元から指を離した。
あからさまに悔しがる一蓮を他所に蓮は自分の右手を見つめている。
「何よ?」
のぞき込む四蘭の声も届かない程、蓮は何かに集中していた。
「凰花流合気柔術…。石動……凰花…さくら」
途端、蓮の頭にいくつもの情景が浮かび上がっては消えていった。
顔を歪める蓮を三人は心配そうに見つめている。
眉間に皺を寄せ、額から汗を流す蓮は深呼吸をしながら目を開いた。
「…本当に大丈夫かな?」
「大丈夫です。これで僕の勝ちですね。僕の力に納得して貰えましたか?」
先程までと異なり、自信に満ち溢れた声に戸惑う。
そんな三人の姉妹に気を遣わず、蓮は高らかに告げた。
「改めまして。僕の姓は凰花、名は蓮」
これまでに見せた事もない笑顔で三人に向き直った。
「僕の過去を思い出しました。僕は凰花家二代目当主、凰花さくらの子。凰花 蓮です」
「…そっか。さっきの武術は何かな?」
「凰花流合気柔術。相手を殺さず、屈服させる武術です」
蓮は自分の右手を見つめながら自身の扱う武術について簡単に説明を終えたが、それと同時に自分を見る三人の目つきが変わるのを感じ取った。
「二度の手合わせで確信した事があるかな。一つは蓮がとても強いという事。そして、何かあった時に私でも止められないという事」
「僕を捨てますか?」
「ううん、とんでもないかな!。その力を我々に貸して欲しいかな!蓮がいれば、宇軍を倒せるかな!」
これまで一度も発言しなかった五虎は厳しめの口調と表情で告げた。
「殺しの経験はありますか?先程、不殺の武術だと言いましたが、そんな甘い考えではこの世を生き抜いてはいけません」
「勿論、殺すことも可能です。ですが、僕は殺さない道を歩みたい」
五虎は隠す様子なく、表情を歪めた。
それは焦りや怒りの入り混じった感情を孕むものだった。
「貴方が生かした相手が私達を殺すぞ!」
物静かな印象だった人が怒るとより恐ろしい。しかし、蓮は気にも留めなかった。
空気が読めないのか、慣れているのか。
ピリピリとした雰囲気の中、静かに口を開き、呆れたように告げる。
「だから言っているじゃないですか。"屈服"させると。僕は命までは奪いませんが尊厳や権利は奪いますよ」
一同に戦慄が走った。
その声は無機質で、その表情は冷酷だった。
「蓮、貴方も相当な修羅場を潜り抜けて来たかな?そうでなくては面白くないかな。その武、我らの為に存分に振るうが良いかな!」
高らかに命令を下す王を見上げ、蓮は微笑んだ。
蓮は自分の事を思い出している。
何故、自分がこの場にいるのか。どこから来たのか。ここがどこなのか。そして、この女性達が何者なのか。それらの謎を全て知っているのだ。
しかし、全てを彼女達に話す必要はない。聞かれた事だけを答えれば良い。
蓮の目的はとある人物に会う事。
それを一蓮達に話した上で提案を持ちかけた。
「僕は貴女方の野望に力を貸します。貴女方には人探しを手伝っていただきたい」
「良いかな。お互いに協力しましょう…かな。それで探し人の名は?」
「凰花 椿」
その名を口にする蓮からも意思の強さが感じ取れた。




