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第5話 蓮の花の導き

 大門を通り、城の中に入った二人は尚も手を繋ぎながら廊下を進む。



一姉イーネェ、どこに行ってたのよ?」


 廊下を歩く二人の前に一人の女性が立ちはだかった。

 壁にもたれかかり、腕を組む女性は目を細めながら女性に尋ねた。



「いつもの所かな。それより見てこの子!きっと天の住人かな!」


 天の住人とは聞き慣れない単語である。

 蓮は自分の事を覚えていないので、自分が天の住人なのか、そうでないのか知る由もない。



「何、馬鹿な事を言ってるのよ。ただの子供よ」


「ふっふっふ。この子は私の突きを避けて、腕をへし折ろうとしたかな。この私をかな!凄い事かな!」


 腕を組む女性は呆れた様子で溜め息を吐きながら目尻を押さえていた。



 とある部屋に移動し女性は大きな椅子に座った。所謂、玉座の間と呼ばれる部屋である。



「楽にして良いかな。これから私の家族に君を紹介するかな」


 蓮は黙って頷き、情報の整理を始めた。

 先程までの話でここが自分の住んでいた場所と大きく異なるという結論に至った。

 次にこの場所は江軍という組織の根城であり、この人が王様でこの町を支配している様だ。

 そして、家族と言う事はこの軍は家族経営であると推測できた。



 暫くすると先程の女性が別の女性を連れて戻ってきた。



「この子ね、私は天の住人だと思うかな!」


「意味が分かりません。姉さん、それは噂話です」


 一刀両断する女性は蓮を一瞥してから玉座に座る姉へ視線を戻した。



「だって母様のお墓の前に居たし、結構強いかな!」


 人差し指同士をつんつんし、いじけて見せる姉の姿に呆れた妹達は顔を見合わせた。

 自分達の姉は一度言い始めると誰が何と言おうと止まらない。それは長年姉妹をやっていれば嫌という程に思い知らせている事だ。



「それで、あんたの名は何ていうのよ」


 本人に睨んだつもりはない。しかし目付きの悪い彼女の視線は睨んだと説明するには十分なものだった。



「僕の名前は蓮です。姓は思い出せません」


 焦る気持ちを落ち着け、冷静に自己紹介をした。

 訝しげな態度を変えない二人の女性は黙っており、非常に気まずい。

 そんな気持ちを落ち着け、自分の身に起きている事を素直に再度説明を行った。



「そんな訳でその子をうちで保護しようかな」


 簡単に言うが、二人の女性は納得していない。

 ワー、キャーと姦しい様相を眺める蓮は静かに手を挙げた。


「あの。歓迎されていないようなので、僕はお暇します」


「ダメかな!君は天からの使者かな。私達を導く為にこの地へ来た。それに行く宛はないかな?」


「それは、そうですが…。さっきから言っている天の住人ってなんですか?」


「その名の通りよ。あんたの服装、見るからに私達のと違うでしょ」


 その説明を聞いた蓮は違和感を覚えた。



「それって、未来の事ですか?」


 きょとんとする三人の女性は蓮に続きを促した。



「僕はずっと先の未来から来た筈です。この服を見て貰えば分かるでしょう」


 蓮は過去にタイムスリップしたのだと勝手に解釈していた。



「じゃあ、あんたは私達の行く末を知ってるってわけ?」


 再度、女性の鋭い視線が突き刺さる。

 蓮は言葉を飲み込んだ。

 江軍という軍は聞いた事もない。そんな見知らぬ軍の姉妹がどうなるかなど知る筈がないのだ。

 しかし、それを言うのは良くないと思い、踏み止まった。



「いや、それは…。分かりません」


 拍子抜けといった表情で溜め息を吐く女性を横目に玉座に座る女性がパンッと手を叩いた。



「これからこの国は大きく動くかな!もしも、私が死ぬような事がないように未来を見据え、私達の未来をより良いものに変えてほしいかな!」


 とんでもない事を言い始めた女性に対して、蓮はこの女性について来た事を心底後悔した。

 そんな事は不可能である。

 仮に未来を知っていたとしても、それを変えるなんて事は大変な労力を必要とする。

 それに未来を変えるという事は過去にも干渉する事になる。

 容易に手を出してはいけない。それが運命なのだから、受け入れるしかないのだ。

 これが蓮の考え方だった。

 しかし、ここで断っても素直にこの城から出られる保証はない。

 それならば、素直に従っておくのが定石だろう。



「…努力します」


 曖昧な返答をした蓮だったが、女性は満足気に頷いている。

 二人の女性は蓮の表情が引き攣っている事に気付いていたが助け舟を出すつもりはないようだ。



「では、改めて自己紹介かな。私の名は一蓮イーレン。姓はいいかな。名で呼んで欲しいかな!」


「姉さん、本当に良いのですか?」


「勿論かな!これから命の恩人になってくれる人かな」


 二人の姉妹は小さく笑った。それは諦めの笑みだった。

 一蓮は滅多に他者に名乗る事はない。

 敵味方関係無く、自分が認めた相手。心を許した相手。そういった特別な者だけに自分の名を呼ぶことを許していた。

 この町の住人や軍の兵士は当然、一蓮の名を知っているが、その名を呼ぶ事を許されてはいない。

 そんな中、目の前の人物は名を授かったのだ。

 姉妹にとってもその者は信じるに値すると判断した。



四蘭スゥランって言うのよ。よろしく」


五虎ウーフーと申します。宜しくお願い致します」


 女性達二人は先程までとは程遠い優しみのある表情と声で名乗った。

 名前を聞けたのは嬉しいが、それよりも蓮には気がかりがあった。



「…名前、似ていますね」


「そうかな!初めて名前を聞いた時から思っていたかな!君は私の仲間になるべき人間で、その為に母様のお墓の前に居たかな?」


「さぁ、どうでしょう。何か目的があったのかもしれませんが、僕は覚えていません」


「なら、今はそういう事にしておくかな。きっと私達ははすの花で繋がっているかな」


 はす。その呼び方には聞き覚えがあった。

 誰かが自分の事をはすと呼んでいた気がしてならない。



 その後、一蓮の計らいで部屋を与えられた蓮は整えられた室内で一息ついた。

 考える事はいくつもあるが、まずは何故自分がここに来たのかを考える必要がある。

 しかし、思い出せない。

 悩んでも仕方ない為、現在のこの軍の情勢について知る必要があると結論付けたのだった。




 蓮を使用人に任せた一蓮は妹達からの追求を受けている最中である。



「それで、一姉の本当の目的は何なのよ?」


 一蓮は舌を出して猫のように微笑み、話し始めた。

 それはとても簡単な話でこれから訪れる戦乱の世を駆け抜ける為の切り札として蓮を拾った。



「では、あの者を天来人テンライビトとして担ぎ上げるわけですか?」


「一姉はあいつを騙して使うつもりなのね?」


「騙すつもりはないかな。ただ仲間になってもらうだけでも十分かな」


 笑みを絶やさない一蓮だが、その笑みは強者を見つけた獰猛な獣を思わせるものだった。

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