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第43話 雛罌粟

 次に目を開けるとそこは様々な花が咲き乱れる世界だった。



「…凄い」


 圧倒されて思わず声が漏れ出る程に美しい光景が広がっていた。



「よーこそー。いらっしゃーい、椿くーん」


 無駄に言葉を伸ばす女性が大きな屋敷の和室から手招きしていた。

 金髪の長い髪と漆黒の瞳を持つ、着物姿の女性である。



「私は雛罌粟ヒナゲシ。君と同じ流派だった女よー」


 自己紹介を簡単に済ませた雛罌粟が指を鳴らすと目の前に和菓子と温かいお茶が現れた。

 正座を崩さない椿とは対照的に、雛罌粟は肘掛けに身体を預けている。

 先程の一件もあり、混乱している椿に優しい眼差しを向ける雛罌粟は湯呑みに口をつけ、唇を潤してから話し始めた。



「疑問を解消してあげる。まずは椿くんの眼についてー」


 椿も警戒しながら茶を啜った。



「凰花家の女子の中で希に眼を開く者がいるわよねー。あれには唯一つだけ条件があるのー。その条件を満たした者しか眼は開かなーい」


「その条件とは?」


「…誰から産まれたのか」


 たっぷりの間を開けてから発せられた雛罌粟の答えには椿の理解は及ばない。



「じゃあ、俺の母親も眼を持っているという事ですか?」


「そうよー。ただ、椿くんのような鳳凰眼は持っていなーい」


 全身を突き抜ける高揚感が椿を支配した。

 母親が持たない能力チカラを自分が有しているという事は椿にとって何よりも喜びだった。

 雛罌粟は和菓子を口に放り込み、咀嚼してから話を続ける。



「次に鳳凰眼よー。鳳凰眼はその所有者が己を形成し、突き動かす感情。すなわち根元を見つけ出し、理解し、受け入れた時に開く究極瞳術。この世には六つの鳳凰眼が存在するのー」


「六つも!?」


「人の感情は大きく分けて六つー。"喜"・"怒"・"哀"・"楽"・"愛"・"あく"よー。そして人間は大きく"善人"と"悪人"に分けられる」


 身を乗り出して話を聞く椿は口渇感なら無意識に茶を求めた。



「善の感情が"喜"・"楽"・"愛"。悪の感情が"怒"・"哀"・"憎"。私の艶揶鳳凰眼エンヤホウオウガンの根源は"哀"。椿くんの鳳凰眼は"憎"。さっきの女は"愛"」


 いつの間にか雛罌粟に対する警戒心は薄れていた。

 雛罌粟は扇子を煽ぎ始める。



「能力と使用方法は直接伝達されたでしょー。あとはいっぱい使って馴染ませないとねー」


 それはつまり大量の人間の命を奪うという事だ。椿は既に千人近くの命を奪っているが、まだ足りないというのか。

 そんな疑問は椿の表情に表れていた。



「椿くんは鳳凰眼の使い方を学ぶべきねー。それは命を奪う為だけの物じゃないわー」


 雛罌粟は対象者の人数ではなく、使用回数を指摘している。

 椿はこれまでにたった三回しか鳳凰眼を使用していない。他にも使い道はあるが、大量虐殺兵器としか認識していない思慮の浅さを指摘しているのだ。

 椿には他に沢山の疑問がある。しかし、雛罌粟はここで話を区切った。



「次はこっちからの質問ねー。椿くんは私の仲間になりますかー?」


「…はい」


 悩んだが、少なくとも先程の女性よりも信用できると考えての判断だった。



「ほんと!?嬉しいわー。じゃあその代わりにとっておきの物を"食べてあげる"」


 言葉の意味は分からないが立ち上がった雛罌粟に続き、解放的な和室から無限に広がる庭へと出た。

 距離を置いて立っていると雛罌粟は不気味に笑った。

 それまでなかった風が吹き、太陽が昇る。

 椿姫になると同時に雛罌粟の両眼が模様を描いている事に気付いた。



「じゃあー。いただきまーす」


 特に何かが起こった訳ではない。

 しかし、雛罌粟は満足気に瞳を閉じた。唯の黒目に戻した後、また和室に向かって歩き始める。

 展開の速さについていけない椿姫は別の疑問を見つけた。



「あの…この胸の刺青みたいな物は何か分かりますか?」


 左乳房に小さく不格好な花のような物が刻まれていた。

 雛罌粟は扇子で椿姫の胸元をはだけさせて胸を覗き込んだ。



「これは"絶輪紋ゼツリンモン"ねー。絶輪の使用者に出る痣みたいなものよー。ほら私もあるしー」


 そう言った雛罌粟の舌の中央にも椿姫の物と似た痣があった。



「『絶輪』には"最後の一輪まで絶やす"と言う意味があるのー。己に与えられた花を絶やした愚か者の証よ」


 己に与えられた花――椿姫に与えられたのはツバキの花だ。

 見下ろす乳房には、枯れて見るも無惨なツバキの花の痣が刻まれていた。

 雛罌粟の絶輪紋は花も実もないヒナゲシの花だった。



「大方、説明は済んだわね。じゃあ、あの世界に帰りなさーい」


「でも、私は死んでいるって!」


「だいじょーぶ。もう生き返っているからー」


 雛罌粟は扇子で口元を隠しながら、ケラケラと笑う。

 夢を見せて人の命を奪う能力があるのだ。命を救う能力があっても不思議ではないと無理矢理に納得させたが、全てを信じられる訳ではなかった。



「私の鳳凰眼は奪う能力チカラを有しているのー。だから椿くんは生き返ったのよー。それでね、椿くんにはやって貰いたい事が二つだけあるのー。また呼ぶから是非、協力して頂戴ねー」


 上機嫌な雛罌粟の声が遠ざかり、椿姫は深い眠りに落ちた。

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