第44話 復活
今まさに椿の入れられた棺が埋められようとしていた。
鏡華達は黙祷を捧げ、棺に土を掛け始めた。
「あいたっ」
身体を起こそうとしたが、何かが頭にぶつかり身動きが取れない。
「なんだこれ?」
長方形の箱に入れられている事に気付いた椿の顔がどんどん青ざめていく。
「生き埋めかよ!?」
両手で必死に押すが狭い棺の中で上手く力が入らない。加えて土の重みもあり、びくともしない。
一度、体勢を変えた椿は両足で棺の蓋を蹴り上げた。
「ん?」
不意に土をかけている空璃の手が止まった。
「どうしたの?」
「今、動いたような…」
「何を馬鹿な事を。早く手を動かせ」
海璃の声には覇気がない。他の面々も表情は暗いものだった。
そんな事はつゆ知らず、尚も椿は必死に抵抗していた。
「開け!開け!」
ガンガンと何度も蹴っているが、やはり開かない。
無理な体勢のまま渾身の力で放った第15の型、刺脚は木製の棺の蓋を貫いた。
結果、少しばかり埋まった棺から右足が飛び出た状態となる。
「いぃぃやぁぁぁぁあぁぁぁぁ」
明峰は泣き叫びながら跳び上がり、鏡華にしがみついた。
「か、かか、あれは椿様の!?」
「落ち着け瑠捺!」
無意識に怒鳴りつけてしまった海璃も大層に動揺していた。
パニックに陥っている面々の視線が棺に向けられる。
そして…。
「ぬおぉおぉぉぉ」
棺の蓋を蹴飛ばした椿が現れた。
もはや誰のものか分からない絶叫の末、明峰は気を失った。
肩を上下させながら、棺から出て一歩進む。
「殺す気か!?」
「…あ、貴方、本当に椿なの?」
「本物に決まってるだろ!」
死装束についた土を払いながら、椿はぶつぶつと文句を言っている。
当然、周りの連中は信じられないと目を見開いているが、そんな事は気にならなかった。
「お前…生きている…のか?」
「当たり前だろ。死人との区別もつかなくなかったのか?」
目の前にいる椿は元通りの顔をしており、とても一度死んだ者とは思えない程に血色が良かった。
「でも火葬じゃなくて良かったよ」
呑気な事を言いながら、首や肩をほぐすように体操している椿をただ呆然と見守ることしか出来ない鏡華達に向い、椿は満面の笑みを浮かべた。
「…ただいま」
「死んだ振りをしていたのですか!?」
「いや…。ちゃんと死んだよ。生き返らせて貰っただけ」
木陰から出た椿姫は久々に伸び上がり、城に向って歩き始めた。
久々に自室に戻った椿は綺麗に整理され以前の面影もない部屋を見て驚愕した。
「…瑠捺」
たった一言で理解した瑠捺は適当な服を取り出して、椿が着替え終えるまで部屋の外で待機していた。
「どこに何があるのか、分からんぞ」
「すみません。でも椿様はその…お亡くなりになったとばかり」
瑠捺の涙を拭った椿は手を取り、颯爽と部屋を飛び出した。
向かうは皆が集まる玉座の間。
「心配かけたな、鏡華」
開口一番、鏡華に頭を下げる。
「空璃、毎日鍛錬しような!海璃、あれからどうなったのか俺に教えてくれよ!明峰、あの猫の名前を変えろ。そして俺と遊ぼう!瑠捺、部隊に行くぞ!」
これまでの欲求を満たす為に椿の発言は止まらなかった。一同は目を丸くしているが、そんな事はお構いなく椿は話し続けた。
その日、城内も城下もお祭り騒ぎになった事は言うまでもない。
「お久しぶりです、豹麟さん、發さん」
そこには墓石の前にしゃがみ、両手を合わせる椿の姿があった。
「そっちに行き損ねましたよ。あ、でも…二人はきっと天国にいますよね。どっちにしても会えないか」
服の隙間から胸元を覗き込むと、やはりそこには絶輪紋があった。
町では椿と椿姫の話で持ちきりだった。
最後の戦で功績を挙げたが負傷して療養が必要だと鏡華は説明していたが、その椿と椿姫が町に還ってきたのだ。快気祝いはまだまだ終わらない。
夜。城下町を見下ろす椿の隣には鏡華が居た。
「…俺は、どうすれば良いかな?」
鏡華は黙っていて、何も答えてくれない。
「俺は人を殺し過ぎた。今も自分の能力を支配していると自信を持って言えない」
鏡華は黙ったまま椿の腕に頭を預けた。
「貴方はよく戦ったわ。敵とも己とも…ね。貴方は私達の元へ帰って来てくれた。私はそれだけで十分よ」
「でも、江軍の娘は俺を…」
「殺らなければ殺られる。それが戦の道理よ。貴方は私達を、自分を守る為に剣を振るった。それだけよ。そんなに気に病む必要はないわ」
鏡華は慎重に言葉を紡いでいく。椿が壊れてしまわないように。
「別にいいじゃない。私達が認めているのだから。それとも、そんなに江軍の娘と仲良くしたいのかしら?」
「そういう訳じゃないけど…」
「なら、もう気にするのは止めなさい。これは命令よ」
話題を変えると、九条 幾斗や一蓮達には椿と椿姫の死亡はまだ報告していないと言う。
近く、他の軍の面々が訪問すると言伝があったようだ。
そして、その時は一週間後に訪れた。
「よく来てくれたわね」
中庭に集まった面々を前に主賓の鏡華が壇上で話し始めたが椿は気まずそうに影に隠れていた。
「今回の催しは椿様が主役なのですから、もっとしっかりして下さい」
小声で耳打ちしてくる瑠捺に生返事をして鏡華を見上げる。
「――というわけで、我らが"三軍"の白い悪魔と黒翼の天使の完全回復を祝して!」
持っていた杯を空へ高々と掲げ、それに続くように集まった者達が杯を掲げた。
そんな光景を椿は影の中で見ていた。
乾杯が終わると一蓮が一番に椿の元へ歩み寄った。
「ほんと、元気になって良かったかな」
「その節はお世話になりました」
「私はお見舞い以外に何もしてないかな!」
そんな二人に近づいた鏡華は椿の手を取り、日陰から日向へと連れ出した。
「あら、こんな陰気くさい所で何してるの。こっちへいらっしゃい」
その結果、椿姫が登場する。
「ちょっと、傘がないから日陰に居たのに…」
「主役は真ん中よ」
一同の視線は椿姫に向けられた。
「本当に男から女になれるなんて、素敵かな!」
興奮する一蓮の隣に立った九条 幾斗は真剣な眼差しで椿姫を凝視していた。
「…なに?」
「あ、いや。完治おめでとう」
「ありがとう。それから車椅子もありがとう」
九条 幾斗はこの異世界の住人ではない。つまり、椿の身体が何故動かなくなったのか、おおよその理由を察していた。
その為、補助具としてスプーンや車椅子といった物の提供を行っていたが今回の変化を見て一つ確信した事があった。
「椿姫、君は…」
九条 幾斗の発言に遮るように一蓮が妹を椿姫の前に突き出し、それ以降の言葉は発せられなかった。
「妹から話があるかな!」
「…こんにちは。お久しぶり」
気まずさに耐えかねた椿姫がぎこちなく挨拶をする。
一蓮の方を向いた少女は椿姫に向き直り、深呼吸を一つした。
「我が名は七杏。貴女は一瞬で多くの兵の命を奪ったが、我らは長い時間をかけて多くの兵の命を奪った。だから受け入れる事にした。先日の事を詫びさせて欲しい」
「…えぇ。私の方こそ、貴女方の大切な人達にとんでもない事をしてしまった。ごめんなさい」
まだ蟠りはあるだろう。
しかし、椿姫も七杏も悩み抜いた結果が今の謝罪なのだと理解し、互いを赦す事にした。
「雌犬」
「我夏葉さん。それに皇帝君まで」
ひっそりと伊軍の領地で暮らす元皇帝も今では年相の笑顔を向けられるようになっていた。
「朕は自由になれた。礼を言うぞ男女。この恩は一生忘れないと誓おう」
呼び方は気に入らなかったが、優しく微笑み返した椿姫は感謝の言葉を素直に受け入れた。
「嬉しそうだね」
「ッ!?」
宴の最中、一時的に皆と離れた椿姫は一人、裏庭に居た。
無意識の内に微笑んでしまっていた所を瑪瑙に見られ、恥ずかしさで頬が染まる。
「お久しぶりですね、瑪瑙さん」
「そうだね。元気になって良かったよ。義母が言ってたよ。やっぱり君は"鳳凰"だったってね」
「私は産まれた…いや、産まれる前から"鳳凰"だったのかも。気付かなかっただけみたい」
クスリと笑い、口元を手で隠す。
「せっかくのお祝いだけど、私から渡せる物は今のところ無さそうだね。椿姫ちゃんは欲しい物を全部手に入れちゃったもんね」
いたずらに微笑みながら、瑪瑙は言葉を続けた。
「性別も能力も居場所も。あとは…」
瑪瑙の事はまだ思い出せない。それは一度死を経験しても変わらなかった。
椿姫が瞬きを終えた時にはそこに瑪瑙の姿はなかった。
「君はもう泣いていない。ひとまず私の役目は終わり…かな」
そんな呟きは椿姫に届かない。
「またこんな所に居て!こっちへ来なさい。私には、いいえ。私達には貴女が必要よ」
中庭から手を振る仲間の元へ椿姫は駆け出した。
その表情は曇りのない満点の笑顔だった。




