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第41話 絶望の狭間で

 あの大きな戦いから数日経ち、椿は自室にいた。



「兄様、お昼ご飯を持ってきたよ」


 いつものように食事が運ばれて来る。今日の当番は明峰のようだ。食器から料理を掬い上げ、椿の口元まで運ぶと何の抵抗もせずに口を開いた。これまでの椿なら絶対に断っているだろう。

 しかし、今は自分一人で生活が出来ない為、そうせざるを得なかった。

 椿の現状として肩は動かせるが、肘から先は動かせない。

 外傷が無いにも関わらず腕が動かないという、この不可思議な現象の説明には苦労した。神経という目には見えない箇所を損傷しており、鏡華達は最初こそ理解に苦しんだが今では受け入れている。

 そういう経緯があり、椿の看病もとい介護は当番制となっている。

 指の先から入り込んだ絶輪は今も尚、椿の神経を犯し続けていた。



 幸いな事に足はまだ動く。しかし、腕が動かない為、外出しようにも扉を自力で開ける事が出来ない。

 更に太陽を遮断する傘を持てない上に、このだらしなくぶら下がっている両腕をどうやって隠すべきかという悩みもあった。



 部屋の外に常駐している瑠捺に声をかけ、傘を持って貰い部屋を出る。日課の墓参りに行く時間だ。

 城から出るとすぐに傘を開き、椿の頭上に掲げられた。

 瑠捺は相当歩き辛いだろうが、自ら進んでやってくれているので素直に好意を受け取っている。



「どうして瑠捺姉ちゃんに傘をさしてもらってるの?」


 町の子供達は不思議そうに椿を見上げて、素直に疑問をぶつけた。

 母親は叱っていたが椿は笑顔で対応した。



「腕が痛くてね。ご飯を食べれば治るさ」


 母親からは何度も謝られたが、椿にとってはその対応の方が堪えた。

 花屋で花束を買い、豹麟の墓へと向かった。瑠捺に花を供えてもらい、椿は墓石の前にしゃがんで頭を下げた。

 続いて、これまでの戦で命を落とした兵士達の墓碑へと向う。發の名も新たに刻まれており、同様に花を供えた。

 城に戻ると九条一行が鏡華に謁見中だと聞かされた。



「体調が良いのなら会ったらどうだ?あの日以来だろう」


 出迎えの海璃からの提案を受け、玉座の間へと向かう。

 鏡華達は同盟を結ぶ為に決戦後も何度か顔を合わせていたが、椿は療養しており一度も顔を合わせていなかった。

 扉が開かれ、一同の視線が椿に集まった。



「久しぶりだな、九条 幾斗。それに月皓も」


「身体は平気なのかい?」


「…あぁ」


 用意された椅子に座り、今更だが月皓に謝罪の言葉を述べた。



「もう平気です。これからは武器が不要の世になりますから」


 やるせない表情の椿は九条 幾斗へ向き直った。



「あのスプーンは助かっている。ありがとう」


「それは良かった。また別の贈り物を用意しておくよ。きっと喜んでくれると思う」


 九条一行が帰った数日後、次は一蓮一行が訪ねてきた。



「聞いていたよりも元気そうかな。心配損かな?」


「そうでもありません。手は動きませんよ」


 一蓮の後ろに控えるニ猫が小さく手を上げて挨拶している事に気付き、椿も小さく頭を下げた。



「一蓮さん、あの時はすみませんでした」


「確かに千人やられた時は驚いたけど、それはこっちも同じかな。沢山、君の仲間を殺したかな。もう戦は起こらないから、気に病む必要はないかな」


「一姉様!」


 思わず飛び出した少女が一蓮の腕を掴み、椿を睨んだ。



「国が平定された以上、貴様と戦うつもりはないが、貴様の行いを赦すわけではない!」


 その少女は椿姫が瞳術を発動した時、ニ猫が咄嗟に覆い被さったお陰で無傷だった人物だ。

 目の前で実の兄が死の淵に立たされた上、目を開けると仲間が死んでいる状況を受け入れる事は出来なかった。

 その心の傷は簡単に癒えるものではない。

 椿姫に発現した瞳術は対象者も使用者も心を持つ者であれば否応なく暗闇に突き落とす究極の能力なのだ。



 夜。ぐっすり眠る椿の髪を撫でる人物の姿があった。

 瑪瑙は愛おしそうに目を細めて、昔の事を思い出した。もう十年以上も前の出来事だ。

 感慨に耽っていると、掌から伝わる感触が艶やかなものに変化した。



「こんばんは、椿姫ちゃん」


 聞こえる筈のない挨拶を零した瑪瑙は静かに部屋を後にした。



 さらに月日が流れ、椿の腕は完全に動かなくなった。自分の腕とは思えない程の重みですぐに前屈みになってしまう。

 腕の神経を喰らい尽くした絶輪は下半身に向かい、椿の自由を奪った。

 頃合いを計ったかのように九条 幾斗からの贈り物が届いた。それは紛れもなく車椅子だった。

 車椅子と言っても現代のような物ではなく、木で組み立てられた大きめの椅子に車輪が付いている物だった。



「なるほど。これは確かに嬉しい」


 現代人の発想が無ければ、このような物が存在する筈がないだろう。

 四人がかりで車椅子に乗った椿は久々に部屋から出た。

 車椅子を初めて見る町人達からは数奇な眼差しを向けられたがそれは最初だけだった。



「凄いですね。天の国にはこのような便利な物が存在するのですか」


 感嘆の声を漏らす瑠捺を他所に椿姫は外の空気を満喫していた。



「ん~。気持ちいいわ」


 気分的には盛大に両手を伸ばしたいのだが、それはもう叶わない。



「お。姫様どうしたんですか?」


「少し足の具合が良くなくて」


 そんな些細な会話を皮切りに次々と町人が押し寄せた。



「それはいけねぇ。これ食って早く治してください」


「姫様、これうちの新作。きっと姫様のお口に合うわ」


「姫様、新作の羽織りを受け取って下さい。これなら腕を通さずに着れますよ」


「姫様、無事に子供が産まれました。是非、御目通りさせて下さい」


 珍しく混乱する椿姫だが、それは仕方ない事だった。

 長い間、町へ降りて来ない椿姫ツバキヒメをずっと心配していた町人の想いは計り知れない。

 久々の交流を経て、椿姫の心は癒された。



 この第一の型、絶輪という"技"は完成するまでに非常に時間がかかる。

 神経の中枢を絶ってしまえば一瞬で命は終わるが、そうしないのは使用者を苦しめる為ではないだろうか。

 椿は遂に手足のみならず、口の自由も奪われた。会話と食事を制限された椿はすり潰した離乳食まがいの物を食すようになった。

 それも味は分からず、飲み込むにも時間を要した。

 天の住人である九条 幾斗でも点滴を自作する事は出来ず、手の施しようがなかった。



「椿の事だが、目に見えてやつれていないか?」


「あぁ。このままではいつまで持つか」


 空璃と海璃の双子は椿の部屋を出てヒソヒソと話していた。

 肉体は貪られているが、精神はそうではない。目は見える。声も聞こえる。相手の言葉を理解できる。

しかし会話は出来ない。

 これが後に、最高の"絶望"をもたらすのだ。



「駄目だよ、つばき」


 椿の部屋に侵入した一匹の猫。その猫を抱き上げ、椿が見える位置に顔を出したのは明峰だった。



「こんにちは、兄様。迷い猫で名前はつばきです」


 そう言って、抱いている猫の前足を振る。



――おい待て。勝手に人の名前と同じ名前を付けるんじゃない。許可を取れ、許可を。



ぼーっと見つめる椿に対して、つばきと呼ばれた猫は可愛らしく鳴いた。



「では兄様。お大事にね」



――"つばき"なんて縁起の悪い名前を付けられて、さそがしご立腹だろうよ。あ、それはお互い様か。



 ツバキの花は散る際に花びらではなく、花自体が丸ごと落ちる。その様は首が落ちる様子を連想させる為に縁起が悪いとされているのだ。

 それを小学生の時に自分の名前の由来を調べるという宿題で知り、椿は自分の名前が嫌いになった。



 椿の中に怒りが募っていく。

 誰かと何かしたい。何でもいい。意志の疎通がしたい。

 空璃と鍛錬をしたい。海璃と勉強がしたい。明峰と遊びたい。瑠捺と警邏をしたい。

 そして鏡華に心配をかけたと謝りたい。

 渦巻く欲求の数々は椿の精神を傷つけ始めた。

 今にも狂い出しそうな自分を抑えつけながら、今も生きている。



――思考を止めてくれ。

 


 これが"絶望"である。

 他との交わりを完全に遮断し、孤立させる。

 それが凰花流合気柔術、第一の型にして、禁秘術『絶輪』の代償なのだ。

 重罪人、凰花 椿。そして凰花 椿姫の死期は目前だった。



 何か言いようのない不安が拭いきれなくなった鏡華は椿の部屋を訪れた。

 不安がどんどん大きくなっていく。

 椿は目を開けていたが、鏡華がその瞳に映った時、全ての臓器が機能を停止した。



 凰花 椿は『絶輪』に喰われた。

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