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第38話 暗躍

 一蓮の判断は早かった。

 阿軍に降伏を申し出た事で数日間に渡った戦は終わりを迎えた。

 九条 幾斗に含め、軍の代表者が会合した結果、脅しに近い形で同盟の話が纏まりつつあった。

 夜も深い時間となり、各軍は野営の準備を進め、休息を取る事にした。



「何とか上手くいきそうだね」


「あぁ。一蓮も案外、物分かりの良い人なのかもしれないな」


「そうだね。でも、あれを見せられたら誰でもそうなるさ。あの能力チカラは神に匹敵すると思うよ。それで当の本人は?」


「あいつは美容に気を使い、夜寝るのが早い」


「なるほど、普段は女の子な訳だ」


 九条 幾斗とたわいも無い会話を続けた椿もあまりの眠気に勝てず、眠る事にした。

 それにしても、夕方の出来事は自分でも信じられない。一瞬にして敵兵の命を奪ったのだ。

 不思議な事に罪悪感はない。

 椿は自らの手を汚さず、罪悪感を感じない程の一瞬の出来事で全てを終わらせてしまった。

 この瞳術は人を斬りたくないという椿の願いを聞き入れた能力チカラなのかもしれない。

 椿はそんな考えを胸に眠りに就いた。



「……ば…さま!…つば…様!」


 何者かに呼ばれる声で目を覚ました椿は飛び起きた。そして、その目に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 野営地が燃えている。雨を凌ぐ為に木々の近くに陣取った事が災いし、火の回りが早い。

 發に起こされた椿は避難を始めていた部隊を見送り、空璃と海璃の二人と合流した。



「どうなっている!?」


「分からん。夜襲でないと思いたいがな」


「海璃、そろそろ我らも避難するぞ。鏡華様は既に明峰が護衛している。椿の部隊はどうだ?」


「隊長が避難経路の指示をしているから大丈夫だ。行くぞ!」


 黒煙が立ち込める野営地を走り抜ける一行だが椿の視界の端に少女の姿が映った。

 それは元皇帝軍で現在は伊軍の我夏葉であり、倒れた荷台に足を挟まれていた。



「我夏葉!?何故ここに!?」


「幾斗様と月皓を追って来た。油断した」


 隊から離脱した發と空璃の手を借りて荷台から我夏葉が這い出た時、鼻につく嫌な匂いを感じた。



「ヤバい、離れろ!」


 椿の声は爆風に掻き消され、皆には届かなかった。



「空璃!發!椿!」


 遠くで海璃の声が聞こえる。

 耳鳴りで平衡感覚を狂わされながらもゆっくりと立ち上がった椿は、何者かが自分に向かっている事に気付いたが身体は反応しなかった。



「ごふッ」


 口から鮮血が溢れ出す。鉄の味を感じる事が出来ない程に腹部の痛みが激しい。

 視線を下に落とすと何者かの左腕が腹を貫通していた。

 勢いよく腕が引き抜かれ、風穴の空いた腹部から夥しい量の血液が流れ落ちた。



「…どうして……」


 掠れた声しか出ない。それ程までに衝撃的な現実を受け入れられなかった。



「どうして!?發さん!!しっかりしてくれ!」


 目の前で崩れ落ちる發を抱きかかえた椿は地面にへたり込んだ。

 弱々しく息をする發はこんな時でも笑っていた。

 口は動いているが声が発せられず、意図を汲み取れない。



「もういい、發さん。黙って!」


「貴様!よくも發を!」


 空璃の怒号を受けても我夏葉は一切表情を変えず淡々と言葉を紡いだ。



「お前達がいけない。幾斗様を謀るから。悪魔を殺せたのに」


 掴み掛かろうとする空璃を大声で制した椿は發の最期の言葉を聞いた。



「其奴は我夏葉将軍ではありませぬ。あの動きは…。其奴は……。椿殿、後を頼みます」


 腕の中で生き絶えた發をゆっくり地面に横たえた椿は怒りの瞳で我夏葉を睨みつけた。



「空璃、椿、そこまでだ!こっちへ早く来い」


 ガシッと二人の腕を掴んだ海璃が走り出す。

 遠ざかっていく命の恩人の亡骸から漸く視線を外した椿の瞳からは涙がこぼれ落ちた。



 犠牲を払いながらも窮地を切り抜けた椿達は鏡華、九条 幾斗、そして一蓮達と合流した。

 今回の騒動は一蓮達による夜襲ではないと証明された所だった。

 椿は九条 幾斗に詰め寄り、我を忘れて怒りをぶつけた。



「それは我夏葉じゃないよ。今、別の場所で任務を遂行している。彼女は独断で動くような子じゃない」


 九条 幾斗の言い分は發の言葉を裏付けるものだった。では、發を殺めたのは何者なのか。

 そもそも狙われたのは椿であり、それを庇った結果、發が命を落とした事になる。



「君が無事で良かった」


「俺を庇って一人が死んだ。いや、殺されたんだ。我夏葉の姿をした何者かに!」


 椿の叫びが木霊する闇の中から一人の少女が現れた。

 それは返り血を浴びたままの我夏葉だった。



「幾斗様、失敗した。悪魔を殺し損ねた」


「君は誰だ?」


 月皓も九条 幾斗の隣で警戒心を強めている。

 対して、阿軍の者達は何が起きているのか理解できなかった。



「この闇の中、焚き火だけだと確かに我夏葉に見える。でもね、我夏葉は俺を様付けで呼ばないよ」


 この場に集う一同は一斉に我夏葉の方を向いた。

 我夏葉は笑っていた。その声は徐々にこもり、喉を鳴らしていく。

 聞き慣れた笑い声。神経を逆撫でする嫌らしい声音。



「どうして、發さんを」


「やはり、九条 幾斗がいるとダメですか。でも、よく出来ているでしょう?自信作ですよ」


 笑みを絶やす事なくパチンと指を鳴らす。

 散り散りになった各軍の兵を囲うように大人数の黒い衣服の者達が立っていた。

 暗闇に紛れて行動する彼らを捉える事が出来ない兵達が次々とやられていく。



「…これはどういう事かしら?」


 鏡華の問いかけには答えず、我夏葉は自身の首の皮を掴み、一気に引き剥がした。

 その仮面の下には白の顔が隠されていた。

 誰もが信じられない光景の中、必死に状況を呑み込もうと努める。

 いつから白が間者だったのか。そもそもどこの間者なのか。



「白、どうしてお前が發を!」


 部隊の隊長である海璃は激怒した。白を最もよく知る人物であり、隠密部隊の長に任命したのも海璃だ。そんな部下が裏切り者で仲間の命を奪った。

 直属の部下を殺された空璃と同程度以上に海璃は怒りを感じていた。



「私は凰花 椿を狙ったのです。偶然、發が身を挺した結果、發が命を落としたのです。恨むべきは凰花 椿ではないですか?」


 あの場にいた誰が狙われたとしても發は身を挺しただろう。

 一同がそう思う程に發への信頼度は高かった。



「お前だけは許さない」


「男の姿で凄まれても何の感情も湧きませんよ。早く姫を起こさないと。陽が昇るまであと一刻程ですか…。それまで私を止める事が出来ますか?」


 白の発言に怪訝な表情を浮かべる九条 幾斗と一蓮だが、そんな事はお構いなしに椿は白との戦闘を開始した。

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