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第37話 夢幻鏡反射

「「全軍、突撃!!」」


 互いの本陣で指揮を執る鏡華と一蓮の発声は同時だった。

 戦闘を一時中断していた前線部隊が戦闘を再開。その後方にいる部隊も戦闘を開始していき、あっという間に死者が増加した。

 雨足は強まり、どす黒い雲が空を覆った。まるで椿姫の心を現しているかのようにその表情を変えた空を忌まわしく見上げる。

 椿姫の立つ処だけは辛うじて陽が差していたが、それも長くは持たないだろう。



 純白のフード付きロングコートが椿姫に降り注ぐ雨と陽の光を遮った。

 椿を囲む四人の人物は敵に見られないように椿を本陣へ送り届けた。



「何を突っ立てるんです?風邪を引かないで下さいよ」


「ご無事で何よりです、椿様」


「椿殿、後方でお休み下され。後は我らが引き継ぎます」


「海璃様に言われた通り、予備の羽織を持って来ておいて正解でしたな」


 隊長、瑠捺、發、白の四名は所属部隊を抜けて椿の元へ駆けつけていた。



「俺が部隊の面倒見るんで早く戻って下さいよ。あれは、あんたの部隊なんだから」


 隊長はいつもの気怠い様相を絶やさない。



「私が護衛を」


「いや、いい。瑠捺も隊長と部隊に戻れ。お前にしか出来ない仕事がある筈だ」


 瑠捺からのありがたい申し出を断る。

 今は自分よりも鏡華に勝利を捧げる事を優先させるべきだと考えた結果だった。



「椿殿、我らの気持ちは同じです。貴方が居る限り我々の心を折れませぬぞ」


 發はガシッと握った拳を見せつけ、空璃の部隊へ戻って行った。



「やれやれですね。一度に大量の敵を倒す事が出来れば苦労せずに済むというのに。そうは言っても仕方ないですか。では姫様、私もこれで」


「今は姫じゃない」


 白の喉を鳴らす笑い声が遠ざかっていく。

 椿は鏡華の隣に立ち、行く末を見守った。

 負傷した兵が後方へ運ばれ、増援が前線へ移動する。慌しい様子を横目に椿は思案していた。

 先程の白の言葉が引っかかっているのだ。



 "一度に大量の敵を倒す事が出来れば苦労せずに済む"。

 その通りだと思う。

 椿の瞳術は対象者と目を合わせ、過去を盗み見て、初めて能力チカラを発揮するものである。

 それを応用し、大多数を対象に取らないかと考え、一つの答えが頭の中に浮かんでいた。



「まだ陽は高いわね。夕陽が貴方を照らすなら前線に出すわ。何か手があるのでしょう?」


「あぁ。考えがある。成功するか分からないけど、やってみるよ」


 勢力としては離反した伊軍のほとんどを取り込んだ江軍だが、まだ阿軍が優勢だ。しかし、決定打に欠ける。

 そんな戦況をひっくり返す事が出来る人物は天の住人の他には居ないと鏡華は考えていた。



 そして、その時を迎える。

 小雨は降り続いているが、夕陽は顔を出しており椿姫に成れる環境が整っていた。

 椿は伝令兵を放ち、自身も最前線へ赴いた。

 両手を横に広げ、一気に閉じる。それを何度も繰り返し、前方の風を利用して技を発動し続けた。



「凰花流、第六変態、百花氷雨――粒涙リュウルイ


 一瞬にして雨は氷の粒へ形質変化したが、時間を止める事は不可能であり、氷の粒は重力に引かれる。

 その為、技を出し続ける必要があった。

 常に敵陣に氷の粒が存在する環境を作り上げた椿姫の黒眼は怪しい模様を描き終えていた。



 椿はたった一つの伝令を兵に託した。

 それは、自分が手を動かし始めたら戦闘中であっても目を閉じろというものだった。



「誘え、夢幻鏡反射ムゲンキョウハンシャ


 目の前にある氷の粒に向って一つの幻術をかけると不規則な屈折を繰り返し、敵陣を駆け巡った。

 少なからず自陣にも屈折した幻術は巡ったが、椿姫の指示を守った者達は対象者から除外されている。



 江軍は動きを止めた阿軍を見て好機と捉えたが、それは間違いだった。

 無数に散らばる氷の粒に視線があった者は例外なく幻術にかかり、悠久の暗闇に招かれる。

 椿姫は自分が知りうる拷問を繰り返されるという幻を氷の粒に映し込んだ。個人を直接壊しに行く訳ではない為、どの程度の効果を発揮するのか未知数だった。

 そんな椿姫の心配は杞憂に終わる事となる。

 戦闘中にもかかわらず、目を閉じた阿軍の兵士に切り掛かる江軍の兵士達は問答無用で氷を視界に収めており、バタバタと倒れ始めた。

 その数、ざっと千五百名。内訳は以下の通りである。

 死亡、千二十五名。

 精神崩壊、四百六十九名。

 生還、五名。

 無傷、一名。


 生還できた五名のうちの一人は一蓮の弟だった。

 阿軍の異変を察知した一蓮の弟は妹に覆い被さり、自身も椿姫に背を向けた。

 しかし、目を閉じなかった為、目の前を通過する氷の粒に見てしまい幻術にかかっていた。

 生還できたという事は強固な精神力の持ち主という事の裏付けである。

 千五百名の中で幻術から生還した者がたった五名。

 無差別ではなく、個人的に幻術にかかりながらも生還した柘榴と月皓の精神力は他者を圧倒していると言っても過言ではないだろう。



 一瞬にして大量の生命を奪う禁断の瞳術を開発、使用した事で戦況は大きく動いた。

 数万の軍勢のうちたった千五百人の被害だが、前線が総崩れとなり増援もままならず、あっという間に阿軍に蹂躙された。



「な、なに、あれ!?あんな化け物を相手にしていたというのか!?」


 その惨劇は目の当たりにした一蓮を戦慄かせた。

 幸い、百花氷雨の範囲外だった為、幻術も届かなかった一蓮は無事だが精神的に多大なダメージを受けた。

 単純に今の術を繰り返されれば確実な死が訪れる。兵も将も恐れ慄き、次の行動に移る事が出来なかった。

 一蓮と共に戦場へ赴き、静観していた九条 幾斗達も目を背ける程だった。

 そして、鏡華は声高らかに宣言する。



「見よ!これが我が軍の天使の能力である。続けたいなら、挑み続けるが良い!だが、天使は貴様らの命を根こそぎ刈り取ると知れ!さぁ江軍の王よ、勝敗は決したも同然だ!我が軍門に下るが良い!」


 この日、凰花 椿姫は伝説になった。

 天使の怒りに触れた者は天からの涙によりその命を刈り取られる。逃げる術はない。天使の逆鱗に触れるべからず。

 後に、天涙テンルイ災厄サイヤクと呼ばれるこの戦は多くの者の心に深い傷をつけたのだった。



 この噂話を世に広めたのは江軍ではなく、阿軍の人間である。

 もしも天使の怒りの矛先が自分達に向ていたならば、と考えることすら悍ましい。

 椿姫は味方にとっても非常に脅威となる存在になった。教訓として軍内に広がった物が全大陸中に拡散される結果となったのである。

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