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第36話 鏡華の決意

 時間は遡り、椿が出立した日。

 その日を狙っていたかのように江軍は進軍を開始した。

 国境付近まで軍を展開した鏡華達は善戦していたが、伊軍から離反した兵を取り込み、数を増した江軍を仕留め切れずにいた。一進一退の戦況であり兵士達にも疲労が見え始めた。

 幸いな事に兵糧はまだある。しかし椿の不在時を狙われたのが痛かった。

 遊撃部隊は良く働いているが他の兵はいまいち動きが鈍い。それはほんの少しの変化なのだが将軍達は察知していた。

 それ程までに悪魔と天使の加護は軍に大きな影響を与えていたのだと再確認させられたのだった。




 何とか江軍の城から脱出した椿と瑪瑙は急いで国境を目指した。

 江軍を後方から襲撃する事も考えたが瑪瑙に却下され、今は戦況を見渡せる丘に居た。



「見た感じだと始まって数日経ってるね。椿くんが阿を出た時に攻めてきたりしてね」


「それだと軍の中に内通者が居るという事ですか!?」


「間者の一人ぐらい、どの軍にも紛れているよ。さて、どうしようか?」


 椿は今すぐにでも駆け付けたい気持ちだが、天候が不安定で心許ない。

 薄黒い雲が太陽を隠して雨が降っているのだ。フードを被っている椿とは違い、隣の瑪瑙はずぶ濡れだ。

 顔に当たる雨を不快に思いながら、空を見上げると雲の隙間から太陽が覗き始めた。



「狐が嫁に来た。これならイケる!」


 現代では天気雨と呼ばれる現象だが、過去には不可思議な現象として捉えられていた。例えば、天が涙を流しているのではないか。例えば、悪魔の仕業ではないか。

 故に両軍は少なからず混乱した。



「これは…まさか姉貴がしくじったのか!?」


「悪魔だ。悪魔が来る」


「狼狽えるな!たかが陽が差しただけだ!」


 江軍の兵士からは畏敬の念を抱く者が多く、士気は下がり気味だ。

 対して阿軍のはというと…。



「これは、椿様なのか!?」


「姫だ!姫が降臨されるぞ!」


 椿が居ない事が返って良い方向に転がり、士気が高まっていた。



「鏡華様、敵前線を押し込もう!」


 ゾクゾクと高揚感を感じていた明峰の進言は見事に承認され、戦況は阿軍の優勢に傾き始めた。



 雲が薄くなったのにも関わらず、小雨は降り続いていた。

 フードを脱ぎ、歩き出した椿の背中に何か重い物がふわりとのしかかった。



「んっ!」


 背後から伸びて来た両手は椿の顔を無理矢理に横に向け、それから柔らかいものが額に当たった。



「な、何のつもりですか!?」


 とっさに離れて、額をゴシゴシと擦る椿の頬は赤く染まっていた。



「狐が嫁に来たって言ったから、嫁に行こうかなって。ほら私も一応は狐だから」


 真顔を指差しながら、悪びれる様子もなく語る瑪瑙に純白のコートを渡しジト目を向けた。



「両方イケるクチですか!?」


 今、椿は雲の隙間から差し込む陽を受けて椿姫なのだ。



「椿くんでも、椿姫ちゃんでも私はイケるよ」


 間抜け面で目をパチクリさせる椿姫は呆れ返り、何も言わずに背を向けた。



「行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 椿姫は空を走った。目指すのは両軍の前線がぶつかる場所。




 光差す処があった。そこは両軍が入り乱れ、命の燈が消えていく処。

 小雨は止み、代わりに何者かが降りてきた。

 雨に濡れた筈なのに風に靡く黒髪は翼の様に大きく、しなやかだった。



「双方、剣を収めよ!この戦に意味はない!これ以上、無駄な血を流す必要はない!」


 右手を阿軍側に、左手を江軍側に向けて伸ばした椿姫は大声を張り上げた。

 つい先程まで怒号が飛び交っていたにもかかわらず、今は不気味な程に静まり返っていた。



「江軍大将である一蓮殿は今、天の住人である九条 幾斗と会談中である!じきにこの戦の意味はなくなる」


 呆然と立ち尽くす江軍の兵士達だが、一蓮の妹達は違った。

 椿姫の言葉を信じず、攻撃再開を命じたのだ。

 椿姫が苛立ちから表情を歪ませた時、江軍の後方から砂塵が舞い上がった。一斉に後方を向く江軍からは悲痛の声が聞こえた。



「阿の悪魔が後ろにいる!?」


「天使と悪魔に挟まれてるんだ!もう終わりだ!」


 それはありえない事だ。これは江軍の後方へ移動した瑪瑙の仕業である。

 間者からの情報であれば、悪魔も天使も不在という事になっている筈だと踏んだ瑪瑙は騒ぎを起こし、あたかもそれが真実であるかのように演出して見せた。

 次々と戦意を喪失し、武器を持つ手を脱力させる江軍の兵士達に憤激する一蓮の妹達だが、それは無意味だった。

 一度崩れ去った士気を一瞬にして取り戻す為には、王の言葉が必要なのだ。



「そいつを寄越せ!」


 部下から奪い取った弓を引き、椿姫に向けて矢を放った男が居た。彼は一蓮の弟である。

 しかし、椿姫には届かない。

 第六の型、百花風刃と第九の型、紫煙撫子を組み合わせた防御がある限り、椿姫に飛び道具は通用しない。



「もういいでしょ!話し合いましょう!この国から戦を無くす方法がある筈よ!」


「そうかな!?」


 椿姫とは別の声は戦場よく響いた。

 その声の主は後方から立ち込める砂塵を打ち消す力と一声で戦況を掌握する特殊さを持っていた。



「姉貴!」

「一姉!」

「一姉様!」


 江軍の王に手招きされた椿姫は地上に降り立ち、ゆっくりと敵陣に踏み込んだ。



「あれから天の住人と話した結果、やっぱり我々は抗い続ける事にしたかな」


「どうして!?」


「住む世界が違うかな」


 一蓮の纏う雰囲気は様変わりし、椿姫は必死に目を背けまいと努めた。

 そんな椿姫の肩に手を置いたのは鏡華だった。

 椿姫の姿を本陣から見ていた鏡華は軍の代表者として一蓮の真っ正面に立ちはだかった。



「阿には貴女が、伊には彼が居る。でも江には天の住人は居ない。貴女達の理想とする世界の作り方はそこの鏡華を含め、私達とは異なるかな。違うの、鏡華?それとも毒されたかな?」


「毒されてなどいないわ。私は三軍同盟で構わないと思っている。そう書いた文は既に届いているでしょう?」


 鏡華はこれからの国――土地や兵や民、全ての事を考え、早期に戦を終結させるつもりだった。

 自分が唯一の王となり、それを成すつもりだったが、凰花 椿という人物に触れ、早期から考えを改めていた。

 しかし、次から次へと問題が起こるのだ。

 何者かが鏡華を邪魔するかのように敵が増える。その度に出陣を余儀なくされ兵を亡くした。

 今回の件もそうだ。

 鍛冶屋が襲われなければ、椿が伊軍を壊滅させる事も無かっただろう。

 次に潰されるのは自分達だと、江軍は疑う事も無かっただろう。

 今更、嘆いてもどうする事も出来ない。

 鏡華は決意した。



「一蓮、お望みとあらば、我々が貴女の軍を潰しましょう。この世は弱肉強食。敗者は勝者の言う事を聞く。そう教わって育ってきた私達のやり方で決着をつけましょう」


 鏡華からの正式な宣戦布告を受け、一蓮は身を翻した。



「聞け!江軍の精兵共よ!我らは全身全霊を持って、阿軍を滅ぼす!その先に私が治める平和な世が訪れる!私を信じて前進せよ!!」


 大陸中に響く一蓮の号令を受け、鏡華もまた兵を鼓舞する。



「これより江軍を全力で潰す!これが最後の戦いになるだろう!我が行く先に立ち塞がる者共を殲滅し、我に勝利をもたらせ!こちらには悪魔と天気の加護がある!恐るものは何もない!各位、死ぬ覚悟で奮闘せよ!」


 二人の王による大号令を目の当たりにして椿姫は全身がビリビリと震えている事に気付いた。

 これが王。これが戦。

 椿姫は無力さから、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。

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