第34話 謝罪
落ち着きを取り戻した椿は鏡華に提案を持ち掛けていた。
それは大陸を鏡華が支配した後、各地域に自治権を認めさせるというものだ。
そうすれば争いはなくなり、この世界は救われると椿は考えた。九条 幾斗も自分と同様に見知らぬ声に誘われたのであれば賛成すると踏んでいた。
自信満々に語る椿の提案に思う所はあったが、反論する事なく受け入れた鏡華は椿を九条 幾斗への使者として派遣し、話をつけてくるように命じたのだった。
九条 幾斗の元へ訪れた椿はフードを被ったまま元伊軍へ与えられた城へと踏み入れた。
城と言っても古びた物で何年も手入れされていない質素なものだ。
「久しぶりだな、九条」
「阿の悪魔。いや、椿だったな」
密室に移動した椿は九条 幾斗と二人きりになり、フードを脱いだ。
「俺は凰花 椿という」
一瞬、ハッとした九条 幾斗が気にかかったが、気にせずに名乗った。
その名を聞いた九条 幾斗はピクリと眉を動かし、何でもないように要件を促す。
「あんたも日本人だろ?俺は見知らぬ女性にこの世界を救えと言われて連れてこられた。あんたも同じじゃないのか?」
「…そうだよ。俺もそう言われてこの世界に来た」
少し長めの間が気になったが、椿は真っ直ぐに九条 幾斗を見つめて話を続けた。
「自治権ねぇ。椿は三国志は知っているかい?俺は天下三分の計をやる予定だったんだ」
「…そうか。その手があったか」
「まぁ、ひっかき回すだけで何も結果は出せてないけどね」
現在、元伊軍の兵で九条 幾斗の決定に従う事が出来なかった者は離反し、江軍に流れたという事だった。
つまり江軍は阿軍と徹底抗戦の姿勢を崩さないという事になる。
なんとか戦を避けたい椿は九条 幾斗と協力し、江軍の説得を試みる事にしたのだった。
「本当に鍛冶屋の件は知らないんだな」
「うん。それだけは確かだよ。俺達はそんな卑怯な真似をしてまで勝ちたいとは思っていない」
「分かった、信じる。冷静になると時系列から考えて有り得ないんだよ。それなのに、月皓を…。あ、いや、俺じゃなくてあいつが、天使が」
口を滑らせた椿は必死に取り繕う。
九条 幾斗が何も言わずに差し出した手を取り、握手する椿は決意を新たにした。
小さな部屋に案内された椿はかつての勇ましさが消え失せた月皓と再開することなった。
「…月皓」
「椿殿か。素顔はそのような顔でしたか。私の事は天使から聞いておられるかな」
顔色は良いが、以前のような活気がない。
申し訳ない気持ちは溢れているが、椿の姿で出来る事は何もなかった。
「どうなった?」
「思い出したくない過去を見ました。それで得物を持てなくなってしまいました。私はもう幾斗様をお守り出来ない」
悔しさから唇を噛みしめる、その姿は椿の心を抉った。
「…ごめん」
「「…え?」」
椿の呟きに二人が反応を示した。
この場で椿が謝罪する事は不適切な選択だ。しかし、椿にその言葉を飲み込む事は不可能だった。
「天使の代わりに謝罪させてくれ」
椿は頭を下げた。
阿軍以外の者で椿の事を知る人物は月皓だけである。その月皓でさえ、目の前で頭を下げる男の行動は予測出来ないものだった。
以前、月皓との試合を途中で放棄した椿の代わりに天使が相手を引き継いだ事があった。その為か椿の行いを天使が謝罪する姿の方が想像しやすいのだが、逆は意外過ぎた。
「一つだけ聞かせて欲しい。阿の天使は月皓や俺に向けて、どんな感情を抱いていたか知っているかい?」
当然、知っている。
しかし、これまでの椿の言動で怪しまれている可能性が否定できない以上、ここで即答は出来なかった。
「…多分、"憎しみ"だと思う」
九条 幾斗はそうか、とだけ呟き、それ以上は何も言わなかった。
今回の訪問で同盟ではないが、協力体制をとれた事は大きな成果だと思えた。後日、九条 幾斗と共に江軍へ赴き、大きな戦を回避する為の交渉を行う手筈だ。
このまま上手くいけば良い、そんな淡い期待を込める二人は秘密裏に動く事を選んだ。
それから数日後、椿の部屋に招かざる客が訪れた。
紫の髪を揺らしながら窓際に立つ女性――瑪瑙はいつも深夜に現れる。
「椿姫ちゃんの能力が目覚めたみたいだね」
「柘榴さんはどうなりましたか?」
「生きてるよ。あの義母が苦痛に歪めた顔で必死に幻と戦ってた。凄い能力だね」
「瑪瑙さんはあの眼を知っていたのですか?」
「…いいえ。知らなかった。知っていたら、もっと早くに止めていたよ。今日は一つ相談に来たの」
瑪瑙に背を向けて寝台に寝転んでいた椿は、寝返りを打ちそちらを向いた。
「九条 幾斗と一緒に江軍を説得に行くんでしょ?私もついて行って良いかな。護衛程度にはなると思うけど」
「良いですけど、俺はまだ貴女の事を思い出せません」
「ゆっくり…ね。あと鍛冶屋の事、一緒に整理しようね」
瑪瑙という謎の女性が何故、自分を気に掛けてくれるのか。椿は彼女の厚意を拒絶するのではなく、受け入れる事にしたのだった。




