第32話 伊軍との戦
遂に始まった伊軍との戦い。
天の国の住人である九条 幾斗は鏡華からの伝言を受け、自分が目指す世界の為に阿軍へ宣戦布告した。
椿は先日の事を思い返しながら篝水仙を腰に差し、瑞竜を担いだ。更に今回は新兵器として肩がけの瓢箪も装備しておく。
先日、城を訪れた豹麟の顔色は悪く、青白い肌が体調不良を物語っていた。荷台に乗せられた二本の剣は仕上げ直されており、新品同様の輝きを放っていた。
「豹麟さん。これ…」
「ぬしの部下から預かりんした。もう二度と折らんでくりゃれ。わっちはもう鍛え直せん」
「俺のせいで。俺の剣を打ったから豹麟さんが…」
「良い。わっちは最期に好きにやらせて貰った。椿姫にも扱えるように瑞竜を軽くしておいた。姫にも宜しく伝えてくりゃれ」
「豹麟さん、この戦が終わったら、会いに行きます。だから…」
椿の言葉を最後まで聞くことなく、豹麟は椿を抱き締めた。
「わっちの事は気にせんで良い。自分の信念を貫きんさい。決して、ぬしの中の"鳳凰"に支配されぬようにな」
耳元で優しく囁く豹麟を抱き締め返し、別れたのだった。
「俺が先行します。隊長は後から来て下さい!」
前線の中を縦横無尽に駆け巡る椿は月皓の遥か後方に陣取る敵を目掛けて瑞竜を放り投げた。
瞬時に馬の背中に立ち、空高く跳び上がった椿はフード脱ぎ、天使となって瑞竜を追いかけながら空を駆ける。
「凰花流、第六、第38合成。飛段」
これが凰花流に対して椿姫の導き出した答えの一つだ。細かく腕を動かして風の足場を作成し、一直線に走る移動技である。
先に投げた瑞竜は後方からの風を受け、放物線を描く事なく進んでいた。
敵本陣の頭上で瑞竜を掴んだ椿姫はその重みで急降下する。
「何だ?何かが落ちて」
伊軍の兵が気付いた時には轟音と共に地面が抉り取られていた。
パサッとフードが顔を隠し、土煙の中から悪魔が現れた。
「阿の悪魔だぁあぁぁ」
椿が瑞竜を振り回す度に敵が斬られ、吹っ飛ばされていく。元々は重さに主眼を置いた大矛だった瑞竜は軽量化され扱い易くなった分、威力は劣るがそれでも恐怖感を与えるには十分だった。
九条 幾斗を後方へ下げた兵士達に対してひとしきり暴れた椿は瑞竜を地面に突き刺し、柄の先に飛び乗った。
空高く跳び上がり、太陽を背にしてフードを脱いだ。下から見上げる者達は陽の光の眩しさで椿の姿を直視できない。
悪魔から天使になると前線の真上へ移動し、背負っていた瓢箪の中身を広範囲に撒き散らした。瓢箪の中には大量の水が入っており、水平に伸びた水は重力でその形を変えた。
「どう足掻いても"雨"は防げないでしょう?凰花流、第六変態。百花氷雨」
上空を覆う水は鋭い氷となり兵士達へ降り注いだ。至る処に突き刺さる氷の雨は役目を終えると体温で溶けて水に戻った。多数の敵に対して有効な技である。
再度、瓢箪の水を棒状になるように出して凍らせる。
「第六変態。百花氷槍」
先端の尖った槍に姿を変える水。それを風に乗せ、投げつけると槍は敵兵を串刺しにした。
空になった瓢箪にコートを巻き付け、瓢箪を自軍の前線方面へ投げ捨てた椿姫は黒髪を靡かせながら、九条 幾斗の元へ向かった。
「阿の悪魔が本陣を強襲!前線では天使により複数の小隊が壊滅させられました!」
情報が錯綜し、混乱を極める伊軍に追い討ちをかけるように陽の光が遮られた。
咄嗟に顔を上げると太陽を背にした天使が下々の者を見下ろしていた。
「天使だ。黒翼の天使が来たぁぁ!」
震える声で指を指しながら、腰を抜かす敵兵の前に音もなく降り立った天使は一直線に九条 幾斗へと向かう。
たった一回、唾を飲み込む為に必死になる程に天使の威圧感は強大だった。そんな状況の中、天使の背後から月皓が駆けてきた。
「黒翼の天使。私の願いは届かなかったのですね」
「よくそんな事が言えるわね。先に仕掛けたのはそっちなのに」
「確かに戦を始めたのは我々です。しかし!」
「黙れ。もうお前と話す事はない」
椿姫の黒目が模様を描き始めた時、男が斧を振り上げて飛び掛かった。
咄嗟に飛び退き、篝水仙を抜いて応戦する。斧と剣が競り合いになった時、男は叫んだ。
「お前は何者なんだ!」
「私は天使だ。それ以外に何も無い!」
互いに武器を弾き合い、間合いが開いた。椿姫は篝水仙を鞘に収め、凰花流の構えで走り出す。
「まずはお前からだ。凰花流、第15変態、六頭刺乱脚」
柘榴戦で得た経験を元に編み出した三つ目のオリジナル技である。
六本に見える足を全てを躱す事は出来ず、腹と右足に攻撃を食らった男は地面に膝をついた。
咳き込んでいる男を無視して、月皓へと視線を向ける。
「ごゆっくり…ね」
歪に微笑む椿姫の両眼は模様を描いていた。
途端に動かなくなった月皓は握っている槍を離した。月皓は椿姫の瞳術に嵌まった。
「さて、次はっと」
飛段で空を優雅に散歩しながら、更に後方へ下がった九条 幾斗を目指す。
腹を押さえながら月皓に歩み寄った男はその瞳から流れ出る涙に気付いた。月皓は何かブツブツと呟いた後、頭を抱えながら大陸中に響く程の大きな叫び声を上げた。
頭を振りながら発狂を続けている月皓に対して、どうしようもなくなった男は気絶させる事しか出来なかった。
「み~つけた」
九条 幾斗が情報の整理に必死になっている様を上空から眺めている椿姫はゆっくりと降下して地上に降り立った。
「戦を始めたという事は己の正義に従ったという事ね。ならば、私も自分の正義に従う。私の大切な人に酷い事をした罰よ」
「一体何の話をしている!?」
「白を切るつもり?私の刀鍛冶を連れ去るように指示したでしょ!」
「ッ!?俺はそんな卑怯な真似はしない!」
「嘘よッ!」
篝水仙は九条 幾斗の喉元に突き付けられた。
「今すぐにでも喉を切り裂きたい気分なのだけれど慈悲を与えるわ。降伏か死か」
九条 幾斗は考えた。月皓がこの場に居ないという事は戦闘不能で、前線にいる他の武将を呼ぶには時間がかかる。この本陣でまともに椿姫の相手を出来る者はいなかった。
九条 幾斗は降伏を選択し、この戦は多大な犠牲を出すことなく、伊軍は阿軍に合併される形で終結した。
椿姫の幻術により精神的なダメージを受けた月皓は幸い精神崩壊を起こすことはなかったが、トラウマを抉られた結果として武器を握れない身となった。
それ程までに椿姫の瞳術は強力なものだ。
死に至らず済んだのは、月皓の精神力の強さの賜物だろう。




