第26話 試合
自由とは何か。それは、強制や束縛を受けず気ままにふるまえることを意味する。
この世界に来て一番の不便さと不愉快さを感じた椿は今も部屋に引きこもっていた。城内を歩くにしてもフードを被り素顔を隠す必要がある。
以前、女の素顔を鏡で確認したのだが、やはり男の時の顔に似ているのだ。さらに母親の面影がある顔つきにうんざりする程だった。
双子の姉弟と言えば納得できるのかもしれないが、住人はまだしも元敵武将を相手に危険は侵したくない。
このような状態では町へ繰り出す事も鍛錬を行う事もできない。しかし、空腹や排泄など生理現象に対処する為には部屋を出るしかない。そういった不自由さにうんざりしていた。
トイレからの帰室時、待ち構えていたかのように月皓と出会った。
「椿殿、私と手合わせ願えますか?」
「嫌だ」
即答して通り過ぎようとしたが、食い下がる月皓を鬱陶しく感じて仕方なく了承したのだった。
昼食後、純白のフード付きロングコートを纏った椿は訓練場で月皓と対峙していた。
瑠捺の合図で始まった試合は椿が想像したよりも観客が多かった。
勢い良く駆け出した月皓が繰り出す槍撃を瑞竜で受け止める。ガキンッと金属音が響き、その力の強さを知らしめた。
瑞竜は弾かれ、次の攻撃が椿を襲う。軌道をずらしたり、受け止めることしか出来ない椿は我夏葉戦と同様に防戦一方だ。そして何よりコートが邪魔だった。
月皓が一瞬だけ見せた隙を好機と捉え瑞竜を薙いだが、その攻撃も軽々と受け流されてしまう。
この時点で椿はやる気を無くしていた。
「やめだ」
「え!?何を!」
「疲れた。あとは"天使"とやればいい」
そう言い残して、椿は訓練場を後にした。取り残された月皓と審判を務めている瑠捺は顔を見合わせる。
観客の鏡華達も椿の背中を見送った。
自室に戻った椿はすぐさま着替え、篝水仙を持って部屋を飛び出した。
いかにも怠そうに歩きながら訓練場に入る。抜かりはない。
「これは何の騒ぎなの?」
「今まで椿殿と手合わせをしていたのですが…」
「どうせ飽きたとでも言って帰ったんでしょ?珍しく私の部屋に来たから何の用かと思えば」
「姫様。お疲れのところ申し訳ありませんが、椿様の代わりを務めていただけないでしょうか」
機転の利く瑠捺に短く返事し、黒髪をポニーテールに束ねてから構えた。
「ふふん。いいわ。ここからは私が相手をしましょう」
月皓の槍を持つ手に力が入る。槍を上段から振り下ろし、突きを繰り出す。
椿姫は簡単に躱し、篝水仙を腰から抜き取った。素早く回り込み、後ろから斬りかかったが防がれた。
"眼"を開いて応戦する。それからは月皓の槍撃が椿姫に届くことはなかった。
「何故、反撃しないのですか!」
「機会を伺っているだけよ」
突然、月皓の槍撃が鋭くなり、回避が困難になりつつある。避けられないのなら、軌道をずらすしかない。
我夏葉の時と同様に篝水仙を槍に滑らせながら、徐々に近付いていく。
あと一歩で喉に刃が届くという距離まで近付いた時、コンパクトな薙払いを受け、椿姫は後ろに下がった。
これ以上続けても決着が付かないと思ったのか、瑠捺が間に割って入り、試合を終わらせた。瑠捺の額からは汗が滲み出ていた。
「そうね。これ以上やれば、どちらかが死ぬわ」
月皓も満足げに同意し、一度きりの試合は幕を閉じた。
二人と別れて、陽の当たる位置で休んでいる椿姫の元へ鏡華が歩いて来た。
「どうだった?」
「男の時は勝てないでしょうね。でも、この姿なら負けはしないわ」
「負けはしない?曖昧な答えね」
「勝てるかは分からない」
「久々に弱気な貴女を見たわ。これからも期待しているわよ」
飲み物を渡して訓練場を後にする鏡華の後を追う空璃と海璃。兵士達も散り散りになっていく。
椿姫は昼にも関わらず、明るい月を見上げた。今宵は満月だ。




