第23話 小旅行
翌日、鏡華に暇を貰いたいと告げた椿だったが、あからさまに機嫌が悪くなった鏡華の説得に時間を要した。
そして、約束の三日後。
朝一番に現れた瑪瑙と共に城を出発した椿の荷物は傘と篝水仙だけの予定だった。しかし、良い機会だと思い、試作品のフード付きポンチョ擬きも持ち出してきた。
フード付きロングコートは暑すぎる為、少しでも通気性が良く、陽の光を防ぐ物を欲していたのだが老舗の服屋が満を持して椿に献上した品がまさかのポンチョだった。
純白のポンチョ擬きを羽織った椿は瑪瑙と横並びに馬に併走させている。
「それで、どこに行くのですか?」
三日前の深夜の事を思い出すと顔が火照ったがフードのお陰で瑪瑙には見られていない。
「君にこの世界を見て貰おうと思って。少し長旅になるけど、早めに帰れるようにするから、付き合って欲しいな」
顔を少しだけ傾け、薄らと笑みを浮かべる瑪瑙はやはり美人だった。そんな美人の頼まれたとあれば、断るわけにはいかない。
まず初めに訪れた場所は伊軍の領地だった。我夏葉がどうなったのか気になるだろうと言われた椿は、敵陣にも関わらず観光を楽しんでいた。
阿軍の治める町よりも小さいが、同じくらい活気のある町だ。
瑪瑙の斜め後ろを歩く椿に速度を合わせた瑪瑙は椿の肩を叩き、示す方向を見るように促した。その先には九条 幾斗と我夏葉が二人で歩いていた。
あまり近付く事は出来ないが、不当な扱いは受けていないようで安心した。
戦後も皇帝存命の噂話は無く、真相を知らない者達は本当に死亡したと思っている。皇帝は一般人として、伊軍の領地内で生きており、彼がそれを望んでいたかは定かではないが、もう覇権争いの道具に使われる事はない筈だ。
旅人を装い近場の町や村で宿泊をしながら、次の目的地に向う。次は江軍の領地に辿り着いた。
椿が江軍の人間で知っているのは、連合軍の軍議終了後に会った女性の二人組だけだ。
於軍討伐戦後、逃亡した於軍の大将を追撃したのは宇軍という事になっているが、事実は異なる。
宇軍は指示するだけで実際に追撃戦を行ったのは江軍だった。独立した軍だと思われているが、江軍は宇軍は支配下にある。於軍を壊滅に追い込んだ江軍の功績は奪われ、於軍の領地は宇軍のものとなっていた。
そんな話は鏡華達から聞かされていない為、椿の知るところではなかった。
瑪瑙から他軍の情勢について聞く事はこの世界を救う役目を担っている椿にとって重要な事だ。
しかし、当の椿はあまり興味を示さなかった。それもその筈、今の椿は阿軍の姫、そして鏡華の騎士としてこの異世界に溶け込んでいる。
さらに瑪瑙といつ会ったのか、という疑問が椿の思考のほとんどを締めており、謎の声の事は忘れ去られていた。
数日間に渡る椿の社会学習は無事に終わり、城へ戻ろうと馬を走らせ始めた時、遙か前方では轟音と共に砂埃が巻き上がっていた。小さい影はどんどんと大きくなる。
目を凝らしていた瑪瑙がいつになく大きな声を発した。そして馬を反転させて、勢いよく走らせ始めた。
「逃げるよ!」
咄嗟の行動に反応が遅れた椿も瑪瑙の後を必死で追う。
「あの人達は誰なんですか!?」
「あれは宮廷お抱えの武官達」
宮廷という事は我夏葉の同僚という事になる。確かに幼い皇帝とその護衛の部隊は於軍に取り込まれ、皇帝軍は消失したがそれはほんの一部であり、これまでに実権を握っていたのは宮廷の官僚達であった。
その宮廷所属の部隊が今、瑪瑙と椿を追っている。
椿に心当たりはない。という事は瑪瑙が何か問題を起こしたと考えるのが自然だろう。
全力で馬を走らせるが、宮廷の武官達との距離は縮まる一方だ。そして綺麗に部隊を二つに分け、円を描くように椿と瑪瑙を取り囲んだ。
「ようやく見つけました。瑪瑙様、宮中へお戻り下さい。官僚長がお待ちです」
やはり目的は瑪瑙のようだが、何故か椿までもが連行される事となってしまった。
旅はまだ終わらない。




