第20話 黒衣の男
九条 幾斗の部隊が我夏葉と皇帝を囲い、移動を開始した事を横目で確認した椿姫は幼い皇帝が小さな手を振っている事に気付いた。優しく微笑み返し、篝水仙を収める。
殿を務める事になった椿姫は息を吐き、ゆっくりと"眼"を開いた。
黒い衣服の者達が一斉に襲いかかってくるが決して焦らない。心を落ち着けて、足を開いた椿姫は平手を相手に向けて構えた。
「凰花流、第九の型、紫煙撫子」
徒手であろうと、武器であろうと、椿姫の領域に踏み込んだもの全てを無効化する絶対防御。手の平を滑らせるように沿わて、円運動で力の方向を書き換えるという型である。
あくまでも防御に特化している型であり、敵に攻撃を与える事は出来ない。精々、突き出された槍や剣を別の敵の居る方向へ流す程度が関の山だった。
時間稼ぎが出来れば我夏葉達を逃がす事ができ、援軍が到着するだろうという算段だがいつまで持つか不安だった。
そんな防戦一方の椿姫の前に眼鏡をかけた男が現れた。
「お初にお目にかかります、阿の姫君。ワタシはサユと申します。以後お見知り置きを」
男の自己紹介を聞かされている間、椿姫に対する敵の攻撃は止んでいた。
紳士的にお辞儀をするサユが頭を起こした時、見え始めた鳩尾に向けて、渾身の蹴りを繰り出した。
「凰花流合気柔術、第四の型、指閃脚」
足の指で相手を貫く、この型は15の型、刺脚の上位互換である。
強制的に息を吐き出さされ、前のめりに崩れそうになるサユを支えた椿姫は攻撃の手を止めない。
「第三の型、百貫」
開いた手の指を相手の胸から腹にかけてめり込ませる型だ。十本の指の痕は服の上からでもはっきりと分かった。
再度、声にならない声と共に息を吐き出したサユからは、先程とは異なり血の混じった唾がこぼれ落ちた。
「ッ!?」
一瞬の出来事に狼狽える黒い衣服の者達だったが、サユを守るように十二人が椿姫を左右から囲んだ。
眼球のみを動かし、敵の数と位置を確認した椿姫はさらに一桁の型を繰り出す。
「第七の型、奇折」
敵の攻撃を躱しながら、片手で六人ずつを相手にし、手当たり次第に関節をぐちゃぐちゃにしていく。
「とんでもない挨拶をされてしまいましたね。ワタシはこれで退却させて頂きます」
鳩尾を押さえるサユは音も無く消えた。しかし、黒い衣服の者達は残っている。
余りにも型を使い過ぎた椿姫も撤退を選択した。しかし、ここは敵の陣地だ。自軍が居る筈の場所までは距離がある。
辛うじて動く足を引きずりながら走り、小屋へと転がり込んだ。椿姫は椿へ戻り、息を潜めて黒い衣服の者達が走り去るのを待った。
小屋にあった布で顔を隠し、服の締め付けを解く。直射日光を浴びないように顔を隠した椿は物陰を移動し、自軍への合流に成功した。
息を切らしている椿を発見した瑠捺が駆け寄ると椿は脱力し、その腕の中で眠り始めた。
案の定、隊長に運ばれる事になったのだが、次に椿が目を覚ました時にはすでに戦の勝敗は決していたのだった。




