第16話 疾風の我夏葉
見下ろす椿姫と見上げる我夏葉。先に動いたのは椿姫だった。瑞竜から降り、柄を握って地面から引き抜こうとしたがびくともしない。
目をパチクリさせる椿姫とそれを眺める鏡華と瑠捺、そして我夏葉。
「…申し訳ないのだけれど、抜いてもらえないかしら」
何とも情けない光景だった。
自軍の本陣をめちゃくちゃにしている敵将に対して、地面に刺さった自分の武器を引き抜いて欲しいと請うなど、これまでの歴史で一度でもあっただろうか。
「勝負しろ」
「えぇ、構わないわよ」
瑞竜を引き抜いた我夏葉からの申し出に椿姫は尊大な態度で了承した。
ジリッと地面を擦り、我夏葉が剣を突き出す。辛うじて躱した椿姫は瑞竜を引きずりながら身体を捻り、刀身を蹴り上げた。
「ッ!?」
半円を描いて掲げられた瑞竜を勢いのままに振り下ろす。
当然のように剣で弾かれたが、力に抗う事なく流れに身を任せた。両足を軸に一回転し、遠心力を受けて横薙ぎを繰り出す。
腕への負担は大きいが、この戦法が椿姫として瑞竜を扱う唯一の方法だと考えていた。
切り札である眼を開いた。一気に流れ込んでくる我夏葉の神経系の情報を受け止め、攻撃を躱して反撃に移る。
先程と同様に瑞竜を蹴り上げ、振り回して我夏葉に向けて投げ飛ばした。
瑞竜が手を離れた瞬間に走り出す。案の定、瑞竜は弾かれたが一瞬の隙が出来た。
椿姫は身体を低くし、我夏葉の懐に潜り込んだ。
「凰花流、第34の型、鞭甲盤打」
腕を鞭のようにしならせて、手の甲で相手の骨盤にダメージを与える型なのだが、我夏葉は剣を持たない左手で防いでいた。
この位置関係では互いに剣を振ることが出来ない。
我夏葉は後ろに下がったが、椿姫も我夏葉の懐から一定の距離を保ったままで同時に移動する為、拮抗状態だった。
「ふふん。第98の型、夕霧」
相手の死角に入り込み、背後に回り込む型であり、我夏葉には一瞬だけ椿姫が消えたように見えている筈だった。
しかし、我夏葉は視覚に頼らず、研ぎ澄まされた感覚と経験で椿姫の動きに対応してみせた。
「第11の型、聖縄」
我夏葉の両腕を押さえ込み、関節を極める作戦だったがそう簡単にはいかない。
次に我夏葉が右足の蹴りを繰り出そうとしている事を捉えた椿姫は軸足となる左足を刈り取り、体勢を崩そうと試みた。しかし、椿姫の足が我夏葉の左足に到達する直前に跳躍され逃げられた。
「第68の型、兎狩。第51の型、指針」
どう動くのか知っている椿姫は右手で腰の篝水仙を抜き、我夏葉の剣を封じた。さらに左手の人差し指で我夏葉の脇腹を突く。
対して我夏葉は自身の脇腹を狙う椿姫の指を躱しながら、蹴りを繰り出した。
流れるような地上、空中での攻防を経て椿姫と我夏葉の距離が離れた。
凰花の眼の効果が切れ、我夏葉の動きが読めなくなる。さらに剣術では我夏葉に敵わない。椿姫は劣勢に追い込まれた。
それでも諦めない椿姫は篝水仙で斬撃を受け流し、緩やかに我夏葉に近づく。斬撃の激しさは増すが意を決して懐まで一気に踏み込んだ。
「くッ!?」
「凰花流、第五の型」
篝水仙を落として両手を貫手にしたところで、我夏葉の動きが止まった。これまでと異なり、回避行動にのみ意識を集中させている。
「翼…って、えぇ、ちょっ」
最悪のタイミングで足腰に限界が来た椿姫は膝を折り、地面に膝を付いてしまった。
ここぞとばかりに、回避行動から攻撃へ転じた我夏葉は椿姫の肩を蹴り倒して馬乗りになった。
我夏葉の剣が椿姫の喉元に突きつけられる。椿姫もすぐに篝水仙を拾い上げ、我夏葉の首筋に押し当てた。
互いに息を切らし、その状態で動けない。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、おもむろに我夏葉が椿姫の上から退いた。警戒しながら起き上がった椿姫だが、これ以上の戦闘は不可能だ。
我夏葉は先程まで纏っていた威圧感を解き、剣を収めて服についた埃を払っている。まるで別人の様だった。
椿姫は篝水仙を持ったままで地面に座り直した。
「お前は皇帝を殺す?」
服を叩きながら、何でも無いかのように質問された椿姫は目を丸くした。
「私はそんな事しないわ」
しばし我夏葉の視線が突き刺さったが、サッと視線を外して帰り支度を始める姿を見て、椿姫は戸惑った。始終ペースを握られているような感覚で何ともやりにくい。
「…帰る」
「待って、我夏葉さん。もしかして、私達は何か勘違いをしているのかしら?」
椿姫は瑠捺に肩を借りながら立ち上がり、我夏葉から話を聞く事にした。
我夏葉達、皇帝軍は於軍の大将から、連合軍は皇帝を討つ逆賊だと聞かされていると言う。
対して椿姫達は於軍が皇帝軍を取り込み、国を支配しようとしていると聞いている。
これは明らかに裏があると悟った椿姫と鏡華は我夏葉に一つの提案を持ちかけた。
それは、於軍のみを殲滅し皇帝陛下を救い出すというものだ。
あまり頭が良くないのか、話を理解していない表情だったが、これ以上の争いを避ける口約束を取り付ける事に成功した。こういう場面では鏡華の交渉力が最も発揮される。
満足気な足取りで帰って行く我夏葉を見送り、予期せぬ本陣での戦闘を終えたのだった。




