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第12話 とある村での大乱闘

 早朝から招集をかけられた椿は寝ぼけ眼をこすりながら、玉座の間へ向かった。

 軍議の内容は於軍の動乱がさらに激化し、遂には皇帝軍にも喧嘩を売り勝利を収めたという近況の確認なのだが、それだけでは留まらなかった。

 昨日訪れた使者の話は、皇帝軍を取り込みさらに強大になった於軍に対して、連合軍を結成して対抗しようという提案だった。

 鏡華は参加を表明するようでその最終確認の為に集められたのだが、特に異論が出る訳もなく早々に軍議は終了した。



 先の戦以来、椿は警邏部隊で三席の座についていた。

 町内では大きな事件はないが、移住を求めた者達から近隣の村で争いが起きていると情報があった。

 鏡華の命により小隊を率いて討伐に向かう事となった椿と海璃は酷い有様を目の当たりにした。

 各所から煙が立ち昇り、叫び声があちこちで聞こえる。隊員達に指示し、椿は村の中心に向かった。

 椿と同い年程度の少女が村人を守りながら、賊達と対峙していた。肩で息をしながら、一人でも多く避難させようと努めていたようだが、敵の数が多く身動き出来ない状況だ。

 少女が一人の賊を倒し、村人の方を向き直る。



「後ろだ!」


 少女は咄嗟に叫んだが、村人は恐怖から目を瞑っておりそこから動けない。

 賊は所々が刃こぼれした剣を振り上げた。

 いつまで待っても痛みを感じない。既に自分は死んでしまったのか、そんな絶望感が過ぎった。

 しかし、村人は生きている。その光景を少女は一部始終見ていた。

 村人に剣を振り上げた賊は、その剣を振り下ろす前に馬に踏まれて身悶えていた。



「ごめんなさいね。私のお馬さん、足癖が悪いのよ」


 馬に跨るのはフード付きロングコートを纏う黒髪の少女――椿姫だった。

 馬が前足を挙げる際にフードが脱げてしまい女になったが今更どうする事も出来ない。このまま戦闘へ移行する事にして、隊員に村人達の避難を指示した。



「…貴女は……?」


「阿軍の者よ。王の命令を受け、馳せ参じたのだけれど、貴女一人で良く持ち堪えたわね」


 そう労いの声をかけるが、まだ避難していない村人も賊も多い。

 避難完了あるいは敵の殲滅にはまだ時間がかかると判断し、椿姫は馬から降りた。

 ジリっと地面を擦りながら後退する賊に一歩また一歩と歩みを進める。



「私が相手をしましょう。貴女は避難を」


 視線は賊に向けたまま少女に語りかけたが、少女は拒否し椿姫に並び立った。



「わたしはまだ戦えます!」


「そう。なら手伝って」


 チラッと横目で確認すると、勝気そうな整った顔付きの少女だった。

 武器は無く素手なのだが、椿姫も腰の篝水仙は防御以外の目的では使用しないと決めてこの場に立っている。二人は同時に走り出した。



 賊の一人が長槍を突き出す。普段から槍の名手達との鍛錬に慣れている椿姫にとっては何の脅威にもならなかった。

 避けて相手の手首を掴み、投げる。

 地面に転がり気絶する賊達を見ることなく、次々と投げ続ける。

 少女は、椿姫よりも明らかに重いであろう男達が軽々と宙を舞う光景を驚愕の目で見ていた。

 剣で斬りかかろうとする賊に対しては、篝水仙を抜き下段から上段へ弾く。

 ガラ空きになった鳩尾に指先がめり込むように蹴りを入れた。



「凰花流、第15の型、刺脚シキャク


 余談だが、凰花流合気柔術には合気道と柔術の他にも武術が混ざっている。今の刺脚が良い例だが、理由を知っている者は今の凰花家には居ない。

 何とも形容し難い声を吐き出しながら膝をつく賊の後頭部を篝水仙の柄で強打した椿姫は少女を眺め始めた。

 よそ見をしている椿姫は賊達十人に囲まれた。嫌らしい笑い声を上げる賊達に嫌悪感を覚えたが、そんな事で取り乱すほど乙女ではない。



「下品ね」


 男達が一斉に突っ込んで来る。椿姫は一度目を閉じ、ゆっくりと眼を開いた。

 これまで見ていた世界と異なり、神経を視ている椿姫には賊達の動きが手に取るように分かる。



「第八の型、小車返コシャガエし」



 手首を掴み足を崩すと賊達は二回転して地面に頭から落ちた。両手に一人ずつ相手し、あっという間に全員が気絶した。



「ふふん…私に手を出してタダで済むと思わないことね」


 椿姫の声は気絶している賊達には届かなかったが、その周辺にいる賊達にとっては畏怖の念を抱かせる事になった。

 賊達は標的を椿姫から少女へ変更した。

 少女が気を緩めた時、隠れていた賊が剣を構えて飛びかかった。



「ッ!?」


 同時に椿姫も跳躍し、篝水仙で剣を持つ賊の手首を切り落とした。

 賊は絶叫して地面を転がり回っているが、少女の目には椿姫しか映っていなかった。



(黒髪が広がって、とても…綺麗)


 着地した後、すぐに少女の手を取り走り出す。行く手を阻むように目の前には大勢の敵がいる。しかし、椿姫は足を止めない。



「合図したら真上に跳んで」


「え!?」


 賊達が一直線に迫って来る。椿姫は篝水仙を収め、右手を前に左手を後ろに構えた。



「いまッ!」


 少女は訳も分からず、言われた通りに真上に跳んだ。



「第六の型、百花風刃ヒャッカフウジン


 前後に構えた手を目一杯に大振りして、自分の周り360°の風を相手に放つ対多勢用の型である。

 ある者は風の刃に斬られ、ある者は風圧で飛ばされた。

 対して椿姫は激痛に襲われ、苦悶の表情を浮かべている。

 着地した少女と共に走るが腕を振ることが出来ない椿姫の方が遅いのは明白だ。それでも必死に走り、海璃達と合流した椿姫は勝利を確信したのだった。

 大半の賊は絶命していたが、椿姫が相手をした賊達は気絶している者が多かった。損傷しているのは右手首から先を切られた者と間近で百花風刃を受けた者だけだった。

 村を救った事で鏡華率いる阿軍の評判はさらに向上するだろう。



 両腕の上がらない椿姫だが、それ以外の怪我はなかった。

 少女も手当を終え、改めて椿姫に自己紹介を行った。彼女は瑠捺ルオという名の武芸者で旅の途中、この騒動に巻き込まれたという事だった。

 さらに阿軍への仕官の意思を示した。椿姫としては彼女の強さを目の当たりにしており、断る理由はない。

 瑠捺を小隊に引き入れて帰還の準備を整えたのだが、椿姫は不満顔だった。



「…私の馬は?」


「その腕では手綱を握れないだろう」


海璃に触れられただけで激痛が走る。脂汗を流しながらも拒否する姿勢を崩さなかった。



「ほら、ろくに腕が上がらないのだろう?」


「大丈夫よ!」


「駄目だ。私と一緒に乗ってもらう」


「嫌よ!格好悪い!」


 押し問答は続いたがいつもの光景と言うように隊員達は何も言わない。むしろ楽しんでいる者すら居る。

 結局、海璃が椿姫を後ろから抱く形で手綱を握り、一緒に馬に乗ることになった。

 瑠捺は始終、呆然としていた。

 馬を走らせ暫く経つと海璃がその速度を緩めた。椿姫の異変に気付いたからだ。

 凰花の眼を使用しながら第六の型、第八の型の使用をした反動が椿姫を襲っていた。



「もたれ掛かって来てもいいぞ」


 黙って海璃に身を預ける。逆の立場が理想なのだが、そうも言ってられない程に疲労が蓄積していた。



「もう少しで陽が沈むわ」


 椿姫の小さな声は海璃にしか届かない。

 陽が暮れて男に戻ったと同時に意識を失った。艶やかな長い黒髪が短くなり、胸も無くなる。

 瑠捺は驚きから素っ頓狂な声を上げた。

 海璃は人差し指を口元に持って行き、瑠捺に黙るように促す。



「椿は太陽の下では女だが、本当は男だ」


 不思議そうな目で海璃の腕の中で眠る椿を眺める瑠捺を他所に、海璃は椿にフードを被し軽く頭を撫でた。

 こうして椿の二度目の戦闘は無事に終わったのだった。

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