第11話 再開?
この町は鏡華の城を中心に左右に伸びる造りになっている。元々は森を切り拓いたのか、町の端には小さな森があった。椿が武器を頼んだ鍛冶屋は、一番森に近い位置に店を構えていた。
横開きの扉に手をかけようとした時、その扉が開かれた。
「おぉ、すまぬな。…ちょうど良い。場所を変えるぞ、着いて来なんし」
鍛冶屋の店主は棒状の長い袋を持ち出し、店を出た。
椿は黙って従い、後ろを歩いているが、店主はどんどん森の中に入って行く。細い道を行くと小川が流れる場所があった。
「ここは、滅多に人が来んからゆっくり話が出来る」
店主は適度な石の上に座る。その一連の動作は流れるようで、日々勉強中の椿には彼女が一般人と異なる雰囲気を感じ取った。
対して傘をさす椿は豪快に大きめの石に座った。
世間話から始まった二人の会話だが、店主はあまり気の長い性格ではないと見える。
「では、本題に入る。先の戦で人を殺めたでありんすか?」
「はい。一人だけ」
「そうか。その様子じゃと…」
「堕ちませんでしたよ」
顔を伏せ、フッと笑うと店主は足を組んだ。
「わっちの話は終わりでありんす。次はぬしの番じゃ」
「まず、貴女の名前を教えて下さい」
「まだ名乗ってなかったか。わっちの名は豹麟でありんす。次はなんだ?」
「何故、最初は武器を作る事を嫌がっていたのに作ってくれたのですか?」
「ぬしの名前でありんす」
そう言うと豹麟は地面に名前を書くように促した。小石を摘み、地面に自分の名前を書き込む。
『凰花 椿』
「理由は、ぬしの名前が花の名だったから。そして、大金を寄越したからでありんす」
思いがけない返答に椿は面を喰らった。
お金の事は兎も角、自分の名前が理由になるとは思ってもみなかった。椿は自分の名字も名前も気に入ってはいないのだから、余計にその思いは強かった。
「…鳳凰が宿っているのだな」
小さく呟いた声は椿に届いたが、その意味は分からなかった。
「わっちの名には麒麟がおる、ぬしの名には鳳凰がおる。これは何かの縁だとは思わんか?」
確かに珍しい。自分の名字は大袈裟過ぎると思った事もある。
小学生時代はいつまで経っても『おう花つばき』と書いていた事を思い出した。
「わっちは花が好きでありんす。それも立派な理由であろう?」
意外に乙女チックな一面も持ち合わせているのだな、と失礼な事を考えていると、豹麟は今まで持っていた棒状の袋を差し出した。
袋から取り出し、鞘から剣を抜く。
受け取った剣は鍔が無く、紛れもなく直刀と呼べる物だった。鞘と柄は木製だが手から滑る事の無い業物だった。
刀を持ち上げ、その刀身をキラキラとした目で見上げる椿を豹麟は可笑そうに眺めていた。
「うむ。わっちの刀をそんな目で見る奴は久しぶりでありんす」
そもそも、本物の刀を見た事が無かった椿にとっては無反応を示す方が難しい話だ。
「それは篝水仙という名にした」
豹麟は形から入るタイプの人間だ。また、物に名前を与える事で力が増すと共に愛着が湧くという考えも持っていた。
今回は椿の持つ傘を参考に名付けを行った。彼の持つ傘の色は篝火のように美しい赤。そして小さく描かれた花は水仙。二つを掛け合わせた名前である。
代金は瑞竜の時に支払ったもので十分足りているようで、追加料金は発生しなかった。
しかし代わりに、何故いつも傘をさしているのか教えて欲しいと言われたのだった。
こういう時の為に予め用意しておいた言い訳を詰まることなく話す。それは太陽の光が苦手という誰でも考えつくものだった。
豹麟と別れた椿は右手に傘を、左手に鞘袋にいれた篝水仙を持ち歩いている。
今後、この刀をどう持つか考えながら歩く椿は町の子供達からの声に気付かなかった。
大声が耳に届き、ようやく自分が呼ばれている事に気付いた。
子供達は椿を見上げ、こんな事を言う。
「また、兄ちゃんも椿姫様と一緒に遊ぼうぜ」
絶対に叶わない事だと思いながらも大人な対応をしていると、視界の端で見覚えのある紫色の髪が揺れた。
そこには先日ぶつかった女性が立っていた。
椿は咄嗟に目を背けてしまった。不自然過ぎると思ったが反射的に身体が動いてしまったのだ。
女性は子供達との話を終え、椿の方を向いた。
「私のこと覚えてる?」
椿は女の時にしか会ってない。ここは知らないと答えるのが正解だ。
「兄ちゃんは瑪瑙姉ちゃんと知り合いなの!?」
「そうだよ。ね」
椿は焦りながら子供達からの追及から逃れようとしたのだが、瑪瑙と呼ばれた女性が立ち塞がる。
椿は覚悟を決めた。
「俺は貴女と初対面ですよ」
「前にも会ってるよ。覚えてない?まぁ、仕方ないか。いいよ。いつ会ったのかは、ゆっくり思い出してくれたら」
服の下では冷や汗がとんでもない事になっているのだが、表情を崩さないように平静を装う。子供達が居ない方が良いと提案して、場所を変える事にした。
瑪瑙はお腹が空いていると言う。椿もまだ昼食を食べておらず了承したのだが、何故が手を握られオススメだと言う店に連れて行かれた。
店員に案内され、向かい合わせにテーブルに座った。
椿はジッと瑪瑙を見つめたのだが、やはり先日ぶつかったあの一瞬以外で会った記憶はない。そもそも瑪瑙のような美人を忘れる筈が無いと言うのが椿の意見だ。
簡単に自己紹介を終えたが、話を聞いてもやはり覚えていない事を再確認しただけだった。
食事も終盤に差し掛かった頃、瑪瑙は頬杖を付き、顔を傾けて微笑みながら核心を突く質問をした。
「君さ、この前ぶつかった女の子だよね」
締めの甘味を吹き出しそうになったが、必死に堪えた。
「何を言ってるんですか、俺は…」
「嘘つかなくていいよ。君の事なら何でも知ってるから」
瑪瑙は微笑みを崩さず、優しい目で椿を眺め続ける。
「自分では完璧だと思ってるかもしれないけど、意外と分かるものだよ。例えば、匂いとか癖とか。表面は隠せても中身までは難しいからね」
椿は観念し瑪瑙の言う事が正しいと認めたのだが、瑪瑙は椿の事を"知っていた"と言う。
城の中庭で空璃との試合を見たという事だが、本当にそんな事が可能なのか椿には判断できず、これは鏡華に報告した方が良いかと考えていた。
その時、スッと目の前から手が伸び、瑪瑙の指先が椿の唇に触れた。
「今は私と一緒に居るんだから、私だけを見ていればいいの」
笑顔だが先程よりも不機嫌な雰囲気を感じ取り、椿はうんうんと頷くのだった。
料理屋を出て歩き出した瑪瑙は、最近造られたばかりの宿屋の前で足を止めた。
「俺は女の姿で瑪瑙さんと会った時が初めてじゃないのですか?」
「違うよ。もっと前に会ってる。さっきも言ったでしょ、ゆっくり思い出してくれたらいいって」
椿は昼食代のお礼を言い、城へ向かって歩き始めた。
「思い出せれば…の話だけどね」
瑪瑙の呟きは誰にも届かない。




