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第10話 力の代償

 城へ帰還した椿達は勝利を祝して宴会を開いた。夜空に浮かぶ月は彼らを祝福するかのように綺麗な満月になろうとしていた。

 月見酒を楽しんでいる者もいたのだが、椿は早々に切り上げて眠る事にしたのだった。



 翌日、いつも通りの時間に起き、いつも通り空璃との鍛錬に向かおうとしたのだが、とんでもない違和感に襲われた。



「な、なんじゃこりゃあぁぁぁ」


 城内に可愛らしい絶叫が響き、聞きつけた者達が椿の部屋に駆けつけた。

 日は昇っているが、ここは室内であり陽の光は届かないにも関わらず、椿は女の姿になっていたのだ。

 全身を触りながら右往左往する椿を眺めながら、鏡華と海璃は腕組みをして思案している。

 空璃は椿と共に慌てふためいているが、彼女が慌てても事態は変わらない。ひとまず落ち着くように促し、場所を移す事になった。



 三人の女性が自室から出て行った後、椿は動揺しながらも着替えを始めた。

 箪笥の中には女物の服が大量に敷き詰められており、その中から適当に一つを選んだ。

 これらは鏡華達の趣味で集められた衣服であり、お人形さんとして弄ばれた事を思い出しながら着替えを済ませた。



「兄さ…姉様?」


「おはよう、明峰」


 目をぱちくりさせている明峰に状況を説明しながら、玉座の間へと急ぐ。全員が揃った事を確認し会議は始まった。



「まずは原因を探りましょう。心当たりは?」


 当然そんな物はない。



「拾い食いでもしたのではないか?」


「空璃と一緒にしないで」


「私はそんなことしない!」


 いつも通りのやり取りに気持ちが少し落ち着いた。



「うむ。酒ではないのか?」


 顎に手を当てて思案を続ける海璃の意見はあり得るかもしれないと思えるものだった。

 しかし、よく思い返すとこの世界に来る前に真っ白な空間でリスクを伴うと聞いた。

 力を使いすぎると男に戻れなくなる…というようなものだろうか。

 椿はこの世界に来てから目まぐるしい成長を遂げている。椿の表情がコロコロ変わる様を見ながら黙っていた鏡華が沈黙を破った。



「町に降りましょうか」


「え、なんで?別に今じゃなくても」


「どの程度、成長したのかを見せてもらうわ。絶好の機会でしょ」



 その挑発的な笑みを受け、椿は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 結局、鏡華と空璃を連れて町へ行く事になったので、椿は他所行きの服へ着替え直した。この世界に来て、外出前の女性がどれ程までに時間を要するのかを知ったのだった。



 鏡華は政務が忙しくあまり城から出る事はない。必要物品は侍女に頼むなどして仕入れている。

 特に行く当てはないので、鏡華が見たいという店に案内して行く。警邏部隊を務めている椿にとっては城下の案内はお安い御用だった。

 領主様が買い物に来ているという噂は瞬く間に広がり、椿達の行く先には人集りが出来ている。しかし、暴動が起きる事はなかった。

 それもその筈、空璃という将軍が居る上に警邏部隊の椿がいるのだ。町人は鏡華に対しては敬いの態度を消さないが、馴染みのある椿に対する態度は違った。

 各所で声かけられ、物を貰う。娘や孫のような立場にあった。



椿姫ツバキヒメ様!」


 誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 そういえば、鏡華達には話していないが以前こんな事があった。

 女として勤務中に名前を尋ねられたのだ。男の時と同じ名前を伝える事を良しとせず、悩み抜いた結果がこうだ。

 椿はしゃがみ込み、地面に『椿』と書いた。その隣に『椿姫』と書く。

 読み方は同じ"ツバキ"だが漢字が異なると強調し、自分達は双子の姉弟だと伝えた。よって男が居ようが女が居ようが、呼び方を変える必要はないと町人達に周知させたのだが…。

 それを知った小さい子が椿姫ツバキヒメと呼ぶようになってしまった。その日を境に町では女の時の名前が椿姫ツバキヒメで定着してしまったのだった。



 町人からの声に手を振り応えながら、説明を終えたのだが鏡華はその表情を輝かせていた。

 買い物を終えて城に向かっていると反対側から人が歩いて来た。先頭を歩く椿は避けたつもりだったが、こちらに向かってくる人も椿と同じ方向に避けた。

 現代社会においては良くある光景だが、滅多にぶつかる事はない。しかし今回は肩がぶつかってしまった。



「ごめんなさい」


 それだけ言ってぶつかった女性はまた歩き始め、椿は謝る時間さえ与えられなかった。

 正面からぶつかったので相手の顔は見えたが、椿には見覚えがなかった。

 しかし、ぶつかった女性は違う。紫色の髪を持つその女性は密かに口元を綻ばせるのだった。



「さっきのは考えたわね」


 城まで戻って来た時、鏡華は椿に向かって呟いた。椿は何の事か分からず、小首をかしげている。



「自分は椿姫ツバキだと言ったのでしょう」


「あ~。あれね」


「私達も女の時は椿姫ツバキと呼ぶことにするわ」


「それは良いですね!構わんだろ椿姫ツバキ?」


 字面が変わるだけで特に呼び方は変わらないのだが、そんなにキラキラした目で言われると断れない。



「はぁ…いいけど」


「よし!お前は今日から椿姫ツバキだ」


そう言って空璃は城内の者達に周知する為に走って行ってしまった。



「…阿軍の姫ね」


「はい?」


「今日から貴女は姫よ」


「訳が分からないわ。しかも姫は鏡華でしょ?」


「私は王よ!」


「じゃあ私が男の時は?」


「椿は私の懐刀よ」


 鏡華の言う事を一度整理すると、こうだ。

 


キング=鏡華 クイーン=椿姫 ナイト=椿



 その後、空璃のおかげで女の時は椿姫ツバキと呼ばれるようになった。

 早期から椿を姫呼ばわりしていた白の世迷い言が実現した事は腹立たしいが、もう取り返しがつかないので椿は諦めたのだった。



 時間は流れて夜。場所は中庭。恒例になっている空璃との組み手の時間だ。

 当初よりも全体的に良くなっているとお褒めの言葉をいただき、満足気な椿姫はさらに感動していた。



「ちゃんと汗を拭いて寝ろよ」


空璃が初めてタオルを渡してくれたのだ。



「ありがとう空璃。前から思っていたのだけれど、空璃って私の時は優しいよね」


「そ、そうか!?そんな事ないと思うが…」


「そんな事あるわ。だって今までタオルを渡してくれたことないもん」


 照れ隠しのように、ふんっと鼻を鳴らして城内へ入っていく空璃に続き、自室へ向かった。

 夜空を照らす満月は今にも欠けようとしている。



 翌日、朝起きると椿の身体は男のものに戻っていた。意気揚々と玉座の間に向かうと皆が揃っていた。



「見てこれ!戻ったぞ」


「良かったな、椿」


「結局、原因は何だったんだろうね」


 祝福してくれた海璃の横から顔を出した明峰からの問いに対する答えはまだ出ていない。昨日と今日で何か違う事があるのか。



「月…じゃないかしら」


「月ですか?」


「えぇ。昨日は満月だったわ」


「じゃあ、満月じゃなくなった時に戻ったってことか?」


 こういう話をする時、空璃は一言も話さない。それはどうでも良いが問題は解決した。満月の日に気を付ければ良いのだ。

 これが、この世界で手に入れた力の代償。

 簡単に性別の壁を越える事はできない。椿に作用している能力チカラは一種の神の能力チカラだった。


※以降、男の場合と女の場合で二人称と三人称が異なります。

男:椿でツバキ

女:椿姫でツバキ(椿姫ツバキヒメと書く場合は必ず振り仮名を振ります)


ややこしいですが、今後とも宜しくお願い致します。

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