第61話 一諾の声
無事に城を脱出し、瑪瑙と合流した蓮は五虎に渡された紙が示す場所へ向かった。
瑪瑙の助言を受けながら辿り着いた場所は、江軍領と宇軍領の境界線を跨ぐように建てられた建物だった。
廃墟と化した城でとても人が住める状態ではない。
小汚い物を嫌う一諾が居るとは思えないが、馬から降りた蓮は慎重に廃墟へ足を踏み入れた。
崩れ落ちそうな床や穴の空いた天井を眺めながら進むと人の気配があった。
まだ一諾だと確信した訳では無い為、足音を立てないように進む。
耳を欹てると啜り泣くような声が聞こえた。
場所と相まって不気味な雰囲気を醸し出しているが、臆する事なく奥へと進んだ。
不気味な声の方へ進むと大きな部屋に備え付けられた大きな椅子の前にしゃがみ込む女性の姿を見つけた。
「姉上、妾は…どうすれば良い?一蓮、死んじゃったよ。一蓮が死んだ時はどうすれば良いの?教えてよ」
玉座と思われる椅子に縋る女性は間違いなく一諾だった。
しかし、その姿は誰も見た事が無い程に弱々しく、第一印象と大きな格差があった。
「一蓮が死んだ時は死ねば良いの?そうすれば、姉上にも一蓮にも母様にも会えるの?」
虚な表情の一諾は城の居室から拝借した短剣を懐から取り出し、大きく振り上げた。
「ダメだ、一諾さんッ!一蓮さんは…ッ!?」
蓮が勢い良く一歩を踏み出した反動で床が崩れ落ちた。
咄嗟に瓦礫となった床を踏み切り、崩れ掛けの床の端を掴んだが、それも脆く崩れ落ちた。
鞭刀『玉簾』に手を伸ばす時間すら許されず、蓮は階下に叩きつけられた。
「あ゛ぁ」
足の骨が折れる音が響き、激痛が全身を駆け巡った。
それでも蓮は叫んだ。
「一蓮さんは生きてる!一諾さん、命を絶っちゃダメだッ!」
有り得ない方向に曲がった足では立ち上がられず、地面を這いながら体勢を整えた蓮は鞭刀『玉簾』を抜刀した。
崩れ落ちた床から刀身が伸び、柱に何重も巻き付いた。
柱側を軸に刀身を伸縮させ、蓮は階下から一諾の元へ這い上がった。
息を切らしながら顔を上げると、そこには絶望が広がっていた。
「…一諾さん。一諾さんッ!」
横たわり、全く動かない一諾の元へと這いずり、抱き抱える。
頚部には短剣が突き刺さっており、止めどない出血が続いていた。
「こ、小僧…。…妾を死なせてくれ」
「ダメだ、一諾さん!一蓮さんは生きているんです!貴女が死んじゃダメだッ」
「…そうか。一蓮は…生きているか」
目の下を紫に染めた一諾の目尻から涙が零れ落ちた。
「…そんな…妾だけが……死ぬ…の」
蓮の手を握り返した一諾は真紫の唇を震わせながら呟いた。
その呟きは心の奥底からの願いだった。
「……助けて…。…蓮……」
名残惜しそうに消えた言葉に応えるように、さくらから譲り受けた瞳術"乙女解放"を発動した。
続いて自身の瞳術である"天理"を発動すると一諾の頭上には死へのカウントダウンが表示された。
蓮は足の痛みを忘れ、次なる瞳術を発動した。
「灼烙天里!」
骨折した足は回復を始めている。
早々に骨の形状を元通りにしなければ、今の有り得ない方向に曲がった状態で固定されてしまう。
しかし、そんな事を言っている猶予は無かった。
更に灼烙黒天の代償も脳裏を過ったが、蓮に迷いは無かった。




