第59話 愚か者共
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遡る事、二週間前。
一蓮と蓮が刺された後、七杏の怒り、悲しみ、憎しみが伝染した江軍は撤退する伊軍に猛攻を仕掛け、どこまでも伊軍を攻め立てた。
「七杏!部隊を後退させます。これ以上は兵が保ちません」
「五姉様!一姉様がやられたのですよ!奴ら、一人残らずッ!」
「止めんか!」
パンッと乾いた音が鳴り、七杏は両目に涙を浮かべていた。
険しい表情の一諾は七杏を叱咤する。
「一蓮には小僧がついておる!お前達は領地を守れば良い!無駄に兵を死なすな!」
冷静さを欠いている七杏に代わり、五虎の指揮で退却行動を開始した時、軍に激震が走った。
「伝令ッ!伊軍、反転!」
江軍の混乱を見計ったように伊軍が攻撃に転じたのだ。
「なんじゃと!?」
「どいて下さい、叔母様!」
一諾を押し退け、届けられた一蓮の剣を手に持ち、馬に飛び乗った。
馬上で剣を天に掲げ、高らかに宣言した。
「我が名は七杏!偉大なる母、零鉚の子であり、江軍大将、一蓮の妹である!私が指揮を執る限り、負ける事はない!全軍、私に続けッ!」
明確な決意と覚悟があったのかは定かではない。
もしかすると一時の感情の昂りで口走ってしまったのかもしれない。
それでも一蓮不在の江軍に必要なのは新たな王だった。
それは、五虎も一諾も同意見だ。
早々に一蓮の代わりとなる王を推載するべきだとは思ったが、七杏のやり方は間違っている。
この異様な雰囲気の間は良いが、いずれ綻びが出るだろう。
そんな心配を他所に七杏は兵を率いて伊軍と真正面からぶつかりに行った。
ニ猫がついているとは言え、感情の爆発力だけで何の策もなく戦に勝てる筈がない。
五虎と一諾は可能な限り補佐し、迅速に撤退の準備を整え直した。
そして、二人の予想は見事に的中する。
指揮系統も無く、ただ敵を殲滅せんとする七杏の戦い方は簡単に崩され、九条 幾斗に追い詰められた。
傍にはニ猫が突っ伏しており、この場に七杏を守る剣はもう居ない。
「止めよう、新たな江軍の王よ。話し合おうじゃないか」
九条 幾斗は剣を下ろし、七杏を含めた姉妹達と話し合いの場を設けた。
最初は一蓮を失った悲しみが勝っていたが、九条 幾斗の話を聞き、七杏の悲しみは怒りと憎しみに変わった。
そして、その矛先は九条 幾斗を通り越し、国そのものと母と叔母と凰花 蓮に向いた。
乱世の世でなければ、姉は死なずに済んだ。
母が諦めていれば、姉は死なずに済んだ。
叔母が託さなければ、姉は死なずに済んだ。
蓮が守っていれば、姉は死なずに済んだ。
これらの想いを孕んだ負の感情を抱いた七杏は一蓮に代わり、江軍の王になった。
まんまと九条 幾斗の口車に乗せられた妹を守る為に二猫、四蘭、五虎は彼に従い、一諾は最後まで抵抗した。
しかし、姉かつ義母からの指示に一蓮が死亡した場合の事は書かれておらず、一諾はいつものように派手に動けなかった。
全てを自分で見て、考えて、行動して、生きてきた一蓮と異なり、一諾はただひたすらに義母からの指示に従い、一蓮を想って生きてきた。
故に想い人が居なくなった時、何を見て、何を考えて、どのような行動をして、生きていけば良いのか分からなかった。
そんな操り人形の如き、元宇軍大将かつ現江軍相談役は九条 幾斗にとって、これっぽっちも脅威にはならなかった。




