第57話 灼烙天里、灼烙黒天
何の前触れも無く、蓮の瞼は薄く開かれた。
「…ん」
「おはよう。随分とお寝坊さんかな」
ぼやける視界の中には一蓮が居た。
蓮が目覚めたのは紅爛鳳凰眼、正確には灼烙の力を使用してから一週間後だった。
「一蓮さん、生きてる?」
「君のおかげで私は生きていられるかな」
蓮は安堵の声を漏らし、光を遮る為に腕を持ち上げようとした。
しかし、自分の物とは思えない程に両腕が重く、重力に逆らう事すら不可能だった。
一人で起き上がる事も出来ず、一蓮の手を借りて漸く起き上がった直後、異常なまでの目眩と吐き気に襲われた。
反射的に身体が腹部を庇う反応を示したが、脳は嘔気だけを感じており、痛みを感じてはいなかった。
不思議に思う蓮は九条 幾斗の部下に腹部を貫かれた事を思い出した。
服を捲っても傷は無く、服にも穴や出血痕は無かった。
思考を巡らせるまでもなく、答えに辿り着いた。
本来、紅爛凰眼眼は未来を"消す"能力を持つが、蓮の紅爛鳳凰眼は未来を"変える"だけの能力しか無い。
今回の瞳術発動の機序と作用は次の通りである。
まず一蓮を対象に使用した天理で絶命までのタイムリミットを確認した。
次に発動したのが灼烙天里。
この能力により一蓮が死亡する未来への分岐点を見つけ、マーキングを施した。
最後に発動したのが灼烙黒天。
灼烙天里でマーキングした部分のみを灼いた事で本来の道は閉ざされた。
分岐点からは生存の未来が始まり、一命を取り留めた一蓮はその道を歩み始めたのだった。
ここで問題になるのは、対象者が死ぬ原因を無かった事に出来るという点である。
一蓮は九条 幾斗の部下である男に刺され失血死が確定していた為、未来が変わり、死因を作った男はこの世に存在しなかった事になった。
蓮が無傷だった理由もこれであり、仮に蓮が別の人物に刺されていたならば、腹部の傷は今も完治していなかった事になる。
人の運命を無視した非常に強力かつ性格の悪い能力である。
対象者の運命を捻じ曲げ、生きる筈の無い時間を生かすという神に匹敵する能力の代償は他の鳳凰眼よりも大きい。
使用者は代償として七日間、一万八十分の未来を差し出さなければならない。
また、死者を蘇らせる事は不可能であり、灼烙の力が及ぶのは生者のみである。
椿の死を奪った艶揶鳳凰眼の方が神がかっていると言える。
「これから、どうしましょうか」
「私は凰花 椿と話したかな。そして共犯者になった。まずは皆の所に戻るかな」
健康な若者とはいえ、一週間も寝たきりであった蓮は体力回復までに更に一週間以上の時間を費やした。
万全の状態では無かったがこれ以上の時間をかけられず、七杏達の待つ城へと向かう事にしたのだった。




