第54話 もう一人の共犯者
夕暮れ時、村に着いた椿姫と瑠捺は早々に村長に話をつけた。
領主の一大事と分かり、村一丸となり協力してくれる村人達を見て、改めて一蓮の凄さを認識させられた。
清掃された空き家の寝台に二人を寝かし、椿姫と瑠捺は交代で警護し夜を明かした。
規則的な寝息を立てていた二人だが、先に目を覚ましたのは一蓮だった。
勢いよく起き上がった一蓮は部屋を見渡し、困惑した。
そして、椅子に腰掛けて刀の手入れをしていた椿を見つけた。
「止めよう。今はそんな事をしている場合じゃない筈だ」
瞬時に臨戦態勢を取った一蓮の方を見ずに椿は淡々と告げる。
一蓮は自分の隣で眠る人物を見つけ、息を呑んだ。
ギリッと奥歯を噛み締め、椿を睨みつける。
「この子に何をした!」
今にも飛び掛かろうかという勢いの一蓮を見据え、椿は説明を始めた。
「俺は何もしていない。話を聞かせてくれないか。俺の名は凰花 椿だ」
鋭い頭痛に襲われ、一蓮の表情が歪む。
そして一蓮は思い出した。
「あれ、私は刺された筈じゃ…」
「お前は刺されたのか。なら何故、生きている?」
一蓮が恐る恐る腹部に触れると、服の穴も血の跡も刺し傷もそれら全てが無かった。
「私は、前線で戦って…」
ハッと顔を上げた一蓮は両手で優しく蓮の顔を包み込んだ。
「この子が私の未来を変えてくれた」
「…未来を変えた?」
怪訝な顔で椿は聞き返す。
「私もよく覚えてないけど、真っ赤な場所で蓮と会って、未来を灼くって言われたかな」
落ち着きを取り戻し、いつもの語尾を出す余裕が出てきた一蓮。
椿は毛先を弄りながら思案を続けた。
蓮が得た瞳術の能力は何か。
蓮が目覚めない原因は瞳術の副作用なのか。
「目を覚ますのかな?」
「さぁ。特に外傷は無いから数日で目を覚ますと思うが…」
一蓮の顔が真っ青に染まった。
壊れた機械のようにぎこちなく、椿の方を向く。
「…この子も九条 幾斗に捕まって串刺しにされた」
蓮を横に向けて、一蓮に背中を確認させたが、やはり傷はなく服も綺麗だった。
「おかしい。私もこの子も確かに刺されて服にも体にも穴が空いた。出血もしたのにその痕跡が何も無い…かな」
驚きつつも、冷静に分析する一蓮と椿が行き着いた答えは一つだった。
「…君がこの子の言っていた凰花 椿かな。どこかで会った事があるかな?」
話題を変えた事を後悔する程の頭痛を伴い、一蓮の表情が歪む。
同時に椿の胸も痛んだ。
「あぁ。俺はあんたを知っている。勿論、名前もな」
「…そう。そんな気がするかな。それで君はこの子にとっての何なのかな?」
「俺はこいつの親戚で、敵で、共犯者で、師だ」
「とてもややこしい関係かな!この子は君を倒して連れ戻すって言ってたかな」
「そのようだな。俺とこいつは同じ目的があって今は協力関係にある。それが果たされた時、協力関係は破棄され、敵同士に戻る」
「…いずれは戦うのかな」
話題を変え、椿は一蓮から九条 幾斗の話を聞く事にしたが、聞けば聞く程に彼の目的が分からなくなった。
以前は三軍を纏める為に尽力してくれたが、今回はかき乱すような真似をしている。
それに九条 幾斗は凰花 蓮と戦ったのだ。
これまで一度たりとも戦った姿は見た事がない為、武術の心得があった事にも驚いた。
これまでに空璃が肩を負傷し、一蓮が死にかけた。
どれも椿の責任ではないが、一度、異世界を救ったという驕りがあった事は反省すべき点だった。
更に一日経ったが蓮は一向に目覚めなかった。
「椿様、そろそろ」
瑠捺の耳打ちに渋々、頷いた椿は溜め息をついて立ち上がった。
「俺達は鏡華の元へ戻る。これ以上は待てない」
「そう。彼女にはどう報告するのかな?」
「あんたは生き延びたとだけ伝えておく。鏡華は江軍と戦いたがっているから、俺達から攻める事はない筈だ。こいつが起きたら城に戻って妹達を手伝わせれば良いだろう」
椿は蓮を見下ろしながら、以前の事を思い出した。
「…俺は貴女の妹とは良い思い出はありません。覚えていますか?」
罰が悪そうに問いかけたが、一蓮は悲しそうに微笑みながら首を横に振った。
「この子なら上手くやるかな。君は阿を。この子は江を。最後はこの国を平和に導く。それが二人の計画なのかな?」
「そうだ。その為にも伊を。九条 幾斗を止めるしかない」
一蓮は窓から遠い空を眺めながら、いつものニヤついた表情を作り上げた。
「これで私も共犯者になったかな。私に何か出来る事はあるかな?」
「…もしも、こいつが暴走したら支えてやって欲しい」
椿は誰よりも鳳凰眼の恐ろしさを知っている。
椿にとっての鏡華や豹麟のような存在が必ず必要だと思っての依頼だった。
「分かったかな。ねぇ、私の名前を呼んで」
椿は眉をひそめて、躊躇った後に小さく発した。
「…一蓮さん」
「やっぱり聞き慣れた感じがするかな」
笑顔の一蓮は椿に手を差し出す。
椿はまたしても躊躇いながら、その手を取った。
「救うかな、この国を。椿を。蓮を」
「お古で申し訳ないですが、これを渡しておきます。不利になったら、阿軍に来て下さい」
純白のフード付きロングコートを差し出した椿は鏡華の待つ城へと帰還した。




