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魔力ゼロで家を追い出されたら、幼なじみの大魔導師様に「頼む、俺のそばにいてくれ」と離してもらえません  作者: フトダマノミコト


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第3話 魔力の器

 覚えていてくれた。


 そのことに驚いて、ルチアは握った手を離すのも忘れていた。


「……私のこと、わかるの?」


「わからないはずがない」


 シリルはまだ荒い息をつきながら、ルチアの顔をじっと見つめた。


「あの日、庭園で俺の手を握ったのは……お前だろう」


「ええ」


「そうか。……そうか」


 何かを噛みしめるように、彼は二度つぶやいた。


 扉のほうで、ハロルドがよろめきながら立ち上がる気配がした。


「旦那様、ご無事で……いや、これは……」


 老執事は部屋の中を見回し、言葉を失った。あれほど荒れ狂っていた魔力が、跡形もなく消えている。


「ハロルド。茶を淹れてくれ。それから、この部屋で座れる場所をつくってくれ」


「か、かしこまりました」




 倒れた椅子を起こし、散らばった本を脇へよけて、どうにか二人分の席ができた。


 シリルは長椅子に座り、ルチアはその隣に腰かけている。


 手は、まだつないだままだった。


(離したほうがいいのかしら……)


 そう思って指の力を緩めかけると、シリルが小さく眉を寄せた。


「少し、試させてくれ」


 彼はそう言って、自分から手を離した。


 途端に、部屋の空気がざわりと揺れた。机の上のペンがかたかたと震え出し、シリルがこめかみを押さえて顔をしかめる。


「シリル!」


 ルチアがとっさにその手を取ると、揺れはまた嘘のように収まった。


 シリルは目を閉じて、長く息を吐いた。


「……やはり、そうか」


「どういうこと?」


「俺の魔力は、生まれつき器に収まりきらない量なんだ」


 シリルは、自分の胸に空いているほうの手を当てた。


「普通の魔導師は、自分の体という器に見合った魔力を持って生まれる。だが俺の場合、器が小さすぎた。溢れた魔力は行き場をなくして暴れ回り、俺自身の体を内側から削っていく。頭痛も、眠れないのも、そのせいだ」


 淡々とした口調だった。何度も繰り返し考えてきたことなのだろう。


「溢れた魔力は、まわりにも害を及ぼす。人は魔力に当てられて倒れ、物は壊れる。だから俺は塔にこもった。誰も傷つけないように」


「……ずっと、ひとりで?」


「ハロルドがいる」


 それはひとりと何が違うのだろう、とルチアは思った。


 ちょうどそのとき、ハロルドが茶器を載せた盆を運んできた。いつもより足取りが軽いのは、気のせいではないだろう。


「それで、私は……?」


「お前には、魔力がまったくないな」


 ルチアは思わず身を固くした。


 その言葉は、十年間ずっと、責める響きと一緒に投げつけられてきたものだった。


 けれど、シリルの声には少しも責める色がなかった。


「普通、人の体にはそれぞれの魔力が満ちている。だから他人の魔力が流れ込むと反発して、体を傷つける。だがお前の中は、空っぽだ。反発するものが何もない」


 シリルは、つないだ手に視線を落とした。


「俺から溢れた魔力は、お前に触れるとそのまま流れ込み、静かに溶けて消えていく。お前の体は、どれだけ注いでも壊れない……世界でただひとつの、魔力の器なんだ」


 ルチアは、ぽかんと口を開けた。


「器……私が?」


「ああ」


「でも、私、何の役にも立たないって……ずっと……」


 声が震えた。


 自分でも、どうしてこんなに動揺しているのかわからなかった。


(欠け者。役立たず。家の恥)


 何度も言われてきた言葉が、頭の中でぐるぐると回る。


 そのたびに、仕方ないと思ってきた。魔力がないのは本当のことだから。何も持たない自分には、言い返す資格などないのだと。


「役に立たない、だと?」


 シリルの声が、わずかに低くなった。


「ルチア。今日、どうしてここへ来た。お前は伯爵家の令嬢だろう。使用人の張り紙を見て来たと、ハロルドから聞こえたが」


「……家を、出されたの」


 隠しても仕方がないので、ルチアは正直に答えた。


「弟が跡継ぎに決まって、魔力のない姉がいると弟の経歴に傷がつくからって。昨日の夜、出ていくように言われたわ。でも、大丈夫よ。もともと居場所なんてなかったし――」


 ぴしり、と音がした。


 見ると、ハロルドが置いたばかりの茶器にひびが入っている。


 シリルの紫の瞳が、底冷えするような光を帯びていた。部屋の温度が、すっと下がった気がする。


「シリル?」


「……すまない」


 シリルは目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。張りつめた空気が、少しずつほどけていく。


 つないだ手に、わずかに力がこもった。


「ルチア、頼みがある」


「頼み?」


「この塔にいてくれないか。使用人としてではなく……俺のそばに」


 まっすぐな目だった。


「お前がいてくれれば、俺はまともに眠れる。魔力を抑えながら研究もできる。もちろん、相応の報酬は払う。部屋も、必要なものも、すべて用意する」


「そんな、そこまでしてもらわなくても……」


「頼む」


 シリルは、もう一度言った。


「俺のそばにいてくれ」


 胸の奥で、何かがほどけていく音がした。


 誰かに必要とされたことなど、一度もなかった。いなくなっても誰も困らない。むしろ、いないほうがいい。そう言われ続けてきた自分が。


(私でも……誰かの役に立てるの?)


 視界がにじみそうになって、ルチアは慌てて瞬きをした。


「……はい。私でよければ」


 そう答えると、シリルの表情がふっと緩んだ。


 十年前、植え込みの陰で顔を上げた男の子と、同じ顔だった。


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