↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/14

いと、おかし

「お兄ちゃん、ちゅき」


また増えた。


長耳の美女は、言うだけ言うと俺から目を離し、手に残った空の袋をのぞきこんだ。底に残った粉を指でなぞって、なめる。もう一度なぞって、なめる。


「……おいしい」


その顔を、ヴィクトリアが横からのぞきこんだ。


のぞきこんだまま、動かなくなった。エメラルドグリーンの瞳が、みるみるうちにきらきらしていく。


「お人形さんみたい!」


言われてみれば、そうだった。白金の長い髪に、灰色の瞳。鼻筋も、唇も、まつ毛の一本まで、誰かが丁寧に作って並べたみたいに整っている。棚に飾ってあったら、俺でも思わず足を止める。


口の周りが、駄菓子の粉だらけでなければ。


ヴィクトリアは、粉のことなど気にもしていなかった。長耳の美女の前にしゃがみこみ、両手を胸の前で組んで、さらに目を輝かせた。


「お名前は?」

「セレネ」

「まあ! 素敵なお名前ですわ!」


セレネというらしい。


「そのお洋服も、とっても素敵ですわ!」


ヴィクトリアの目は、今度はセレネの服に釘づけになった。俺もつられて見て、二度見した。薄い衣を何枚も重ね着していて、袖は手が隠れるほど長く、裾は歩きやすいように腰のあたりでたくし上げてある。


歴史の教科書の、平安時代のページで見たようなやつだった。


その後ろを、レオナがうろうろしていた。


二人の話に入りたいらしい。ヴィクトリアの肩越しにのぞきこみ、何か言いかけて口を開け、また閉じる。衣の裾をじっと見つめ、首をかしげる。何が素敵なのか、まったく分かっていない顔だった。


ヴィクトリアは裾をつまみ、一枚めくった。下にも衣があった。もう一枚めくった。まだあった。


「何枚着てますの?」

「いち、に、さん、し……」


セレネが指を折って数えはじめると、レオナも急いで指を折った。三本目で、何を数えているのか分からなくなってやめた。


セレネは両手の指を全部折ったところで止まった。


「……いっぱい」

「まあ!」


ヴィクトリアは、ますます身を乗り出した。


「どこで売ってますの?」

「うってない」

「では、どこで買いましたの?」

「かってない。つくらせた」

「どなたに?」

「じいたち」


ヴィクトリアは、うっとりとため息をついた。


「わたしも、つくらせたいですわ……」


王女様がそれを言うと、冗談に聞こえない。


レオナが、ここだとばかりに剣を差し出した。


「ぼくの、けん! かっこいい!」

「今は、お洋服のお話ですわ」


ヴィクトリアは振り向きもしなかった。


レオナは、剣を差し出した格好のまま、しばらく固まっていた。それから、とぼとぼと遺跡の隅へ歩いていった。床の隅に土が溜まっているのを見つけてしゃがみこむと、剣を両手で握り直した。


「えい」


ざくっ。


ひとしきり服を眺めると、ヴィクトリアはセレネの手を引いて立たせた。並んでみると、セレネはヴィクトリアより頭半分ほど小さかった。


ヴィクトリアの顔が、ぱあっと明るくなった。


「わたしのほうが、おおきいですわ!」


ヴィクトリアはセレネと背中合わせになり、手のひらを二人の頭の上で行き来させた。何度やっても、ヴィクトリアのほうが高い。


「わたしが、おねえさんですわ!」


いつも俺に抱っこをせがんでいる王女に、妹ができた瞬間だった。


その後ろで、レオナは土の溜まったところを掘り終え、床の継ぎ目に剣を突き立てて、石畳をめくりはじめていた。ばきっ。ごとん。


「おい、それ遺跡だぞ」

「はたけ!」


聞いていない。


おねえさんになったヴィクトリアは、セレネの頭を優しくなでながら聞いた。


「セレネちゃんは、おいくつですの?」


セレネは、また指を折りはじめた。


両手の指を全部折った。開いて、もう一度折りかけて、八本目で止まった。


「じゅうはち」

「まあ! わたしより、ちょっと下ですわね!」


見た目どおりだ。俺もうなずきかけた。


「……と、きゅうひゃく」


俺は、しばらく何も言えなかった。


九百。


九百十八歳。


「いっぱいですわね!」

「いっぱい」


二人は、うなずき合った。


「でも、わたしのほうが、おおきいですわ!」


ヴィクトリアは、セレネの頭をなで続けた。セレネは、なでられ続けた。


頭をなでられるのに飽きたのか、セレネは床にぺたんと座り込むと、長い袖の中から何かを取り出した。


短冊と、筆だった。腰には、小さな墨壺が下がっている。


「何書くんだ?」


セレネは答えなかった。短冊を石の床に置き、筆先を墨壺に浸す。


筆を、握りしめた。


ゆっくりと、一文字ずつ書いた。何度も止まりながら、それでも筆を離さずに書いた。


書き終えると、両手で高々と掲げた。


大きなひらがなで、こう書いてあった。


いと おかし


俺は、それをしばらく見た。


「……お菓子、うまかったんかい」


セレネは、こくりとうなずいた。満足そうに短冊を胸に抱きしめて、ふんぞり返った。


それを見たヴィクトリアの目が、また輝いた。


「わたしも、書きたいですわ!」


ヴィクトリアは、セレネの短冊に手を伸ばした。セレネは短冊を胸に抱いたまま、くるりと背中を向けた。


「だめ」

「おねえさんに、かしてくださいな!」

「だめ」


ヴィクトリアが回りこむ。セレネがまた背中を向ける。回りこむ。背中を向ける。二人はその場でぐるぐる回り、とうとうヴィクトリアが短冊の端をつかんだ。


綱引きが始まった。綱は短冊だった。


ヴィクトリアが引くと、セレネが引きずられる。セレネが引くと、ヴィクトリアがつんのめる。長い袖がからまって、セレネがよろける。その隙にヴィクトリアが引く。セレネは歯を食いしばって踏みとどまる。


びりっ。


短冊が、真ん中から二つに裂けた。


二人そろって、後ろへ尻もちをついた。


ヴィクトリアの手には「おかし」、セレネの手には「いと」が残った。


二人は、しばらく自分の手の中を見ていた。それから、相手の手の中を見た。何が起きたのか分からない、という顔だった。


ヴィクトリアの下唇が、ぷるぷると震えはじめた。セレネの下唇も、震えはじめた。


「セレネ、大っきらいーーーー!」

「びえええええええん!」


二人同時だった。


「あーもう! うるさーーーい!」


俺は両手で耳をふさいだ。


ふさいだ耳の向こうで、ざくっ、ざくっ、と音が続いていた。


畝は、まっすぐ奥へ伸びていた。床の紋様をざくざくと横切り、石台の足もとまで来ている。


「えい!」


がん。


剣先が、石台の側面に埋め込まれた小さな石板を、ど真ん中から叩いた。


「かたい」


レオナは、剣を握り直した。


「えい! えい! えい!」


がん、がん、ばきん。


石板が、真っ二つに割れた。


床が、ごとん、と鳴った。


床の紋様が、光りはじめた。


泣き声が、ぴたりと止まった。ヴィクトリアも、セレネも、レオナも、足もとの光を見ていた。


「なんなんだよ、これ!」


誰も答えなかった。


その中で、セレネが、袖から新しい短冊を一枚取り出した。いつの間にか筆まで握っている。そして、すっくと立ち上がった。


短冊を片手に、筆を構え、さらさらと書く。


書き終えた、その瞬間だった。


ぽん。


遺跡は、静かになった。


少し遅れて、短冊が一枚、ひらひらと床に落ちてきた。


いと おかし


***


その数日前。


王国の遠い辺境。草もろくに生えない、岩と砂ばかりの荒れ地に、窓のない石造りの倉庫が建っていた。


夜。裏口の前で、男が二人、酒を回していた。


「なんで俺たちだけ居残りなんだ」

「ぼやくな。明日には追いつく」

「昨日は北の村まで、ガキ一匹捨てに行かされるしよ」

「倉庫の、もう一匹は」

「ほっとけ。そのうちくたばる」


男たちは笑った。


倉庫の隅。壁際に、痩せた少女が膝を抱えて座っていた。


くすんだ茶色の髪はぼさぼさで、手足は棒のように細い。目は開いているが、どこも見ていない。男たちの声が聞こえているのかどうかも分からなかった。


夜更け。男たちは、酒瓶を抱えたまま眠りこけていた。


少女は立ち上がった。ふらつきながら、開いた戸から外へ出た。


外は真っ暗だった。少女は北を向き、裸足のまま歩き出した。


「……今、助けに行くから」

読んでいただき、ありがとうございます。

続きを追いかけてもらえるなら、ブックマークをしていただけると嬉しいです。

面白いと思っていただけたら、下の★で評価をお願いします。とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。